さようなら2003年

大晦日。
今年ももうすぐ終わります。
2003年はみなさんにとって、どんな1年でしたか?
世界的には悲しい出来事が多かったけれど、私にとっては、こうしてサイトを開設することができ、 インターネットを通していろいろな方と出会えたいい年でした。

見に来てくれるみなさん、本当にありがとう。
あなたがいるから『ヒナウタ』は成り立っています。
短歌も、この日記に書き記してきたことも、私の乙女概念も、情報を発信するツールとそれを読んで聞いてくれる人がいないのでは、ないのと同じです。
ただ頭の中で考えているだけでは、「なかった」ということと一緒。
もし私がある日突然息絶えてしまっても、自分が生きていた証拠が文章となってここに残っているのだと思うと、 なんだかすごく幸運なことだと思います。

短歌という表現手段に出会うことができてよかった。
今年は歌会に参加したり、短歌友達もできたりと、だんだんと自分の短歌の輪が広がっていくのを感じてうれしかったです。
自身で短歌を詠まなくても、「読む」楽しみをもっとたくさんの人に知ってもらえたらと願っています。
来年はもっといろいろ探索をして、より多くの歌人さんの短歌世界に触れたいな。
もっと勉強せねば。

ではみなさん、よいお年を。
感謝の気持ちを両手に込めて!パチンッ!

2003年12月31日

恐怖と絶叫の聖夜

Merry★Xmas★Eve!
みなさん、どんな聖夜を過ごしましたか?
私は例年どおり家族と団らんしていました。
しかし今年のイヴはちょっと違う。
それは…
ケーキのおとものビデオ鑑賞会が、「ホラー映画」だったんだよう。
いつもは劇場版のドラえもん・ルパン三世・ジブリ映画・ディズニー映画といった、 あったかファミリーを演出してくれるセレクションなのに。

『呪怨』OVA版…しかも2本立て。
確実に寿命が縮んだな。
動機息切れどころではなかったもん。
妹弟と3人で、部屋を真っ暗にして(目に悪いの承知で)観ていたんだけど、途中、本当に本っ当に!怖いシーンがあって、 女子2人で「ひえー」って叫んだよ。
弟はその声にびびって、一緒に声を上げていた。
もし私が5歳児程度だったら、絶対おもらししちゃってたね。
戦慄だよ!本当に怖かったのよ!
あんまり衝撃的だったもんだから、一時停止して号泣したよ。
そう、まさに号泣。
もうすでに寝ていた母親の腕にすり寄って泣いていた。
泣きながらの状況説明なものだから、いじめられて帰ってきたのび太のごとく、 「何言ってるのかわからない」と言われながら、しゃくりあげて泣いたさ。

恐れおののくと人って泣くもんなんだね。ふむふむ。
あ、思い出したらまたドキドキしてきた…。
しかし、なーんでイヴにホラー映画かなぁ。
選んできたのは弟。何を考えているんだ、この子は。
私は映画やドラマに、全身全霊をのめり込ませて観てしまうので、ホラー映画にはある意味「いい餌食」にされている。
問題は、その恐怖心を現実世界にまで持ってきちゃうということ。
怖くて眠れないので、しかたがないから今日も朝日待ちの徹夜です。
だって、明るくならないと出るかもしれない…。
頭の中に、部屋の隅に。奴らが、あの声が。
うえーん、書いていたらやっぱり怖くなってきたー。お助け。

2003年12月24日

クリスマスの魔法

>12月 イヴに向かって生きてゆく仏教徒の吾もブーツ鳴らして
街がクリスマス色にきらめいてくると、すごくわくわくして楽しい。
私は毎年、クリスマスというイベントに心躍らせて12月を過ごしている。
前世欧米人だったのかも。
お米好きだけど。

とにかく、「クリスマス」の音の響きだけでもうきうきしてしまう。
ツリー、イルミネーション、サンタクロース、ホールケーキ、キャンドル、プレゼントの箱、リボン…
クリスマスのアイテムのすべて、赤も白も緑も、何もかもに夢がキラキラと散りばめられていてうっとりする。
クリスマスの夜は何か奇跡的に素敵なことが起こりそうな、そんな予感でいっぱいになるのだ。

しかし実際、クリスマスに何かスペシャルな出来事があるか…と言えば、そうでもない。
期待していた分、拍子抜けしてがっかりしてしまうことがほとんどだ。
ここ近年を振り返っても、イヴに特別ロマンチックなことが起こったことも全くなく、サンタクロースという名の親からプレゼントをもらう歳でもなくなってしまった。
恋人がいないとなおさら寂しくなる時期でもある。
いた年でも、なぜか24日・25日は一緒に過ごせなかったり。
クリスマスの夜に限って、ちょっと不運な目に遭ったり。
お父さんが十二指腸潰瘍で入院していた年もあった。

でも「今年も結局、そんなことに終わるんだろうなぁ」と思っていても、やっぱりクリスマスは楽しみなのだ。
まるで小さい子がはしゃぐように、スキップをして歩きたくなる。
わくわくで胸をいっぱいにしながら、ブーツのヒールを鳴らして。
そう、それがクリスマスの魔法。
サンタクロースが与えてくれる、一番のプレゼントなのかもしれない。

2003年12月22日

悪夢・靴がない!

クリスマスダンスパーティー&発表会まで、あと本当にもう少し。
今年は4曲に出演することになっている。
発表会は年に2回(夏と冬)あるのだが、本番が近づいてくると毎回、ストレスで寝つきが悪くなる。
そして大失敗するという悪夢を見たりもする。

例えば。
ドレスもばっちり、化粧もガッチリ(宝塚歌劇団のように)、さあ準備万端となりいざフロアへ向かおうと控え室を出たところで問題が発生!
ホテルのロビーいっぱいに何百足ものダンスシューズが散らばっていて、どれが自分の靴なのかわからなくなってしまうのだ。
本番までもうあと数分なのに!
ワインレッドの絨毯一面にハイヒールが散乱している地獄絵図。
その中を泣きながら必死になって、一足一足「これじゃない、これでもない」とつかんでは投げして探すのだが、なかなか見つからず時間はどんどん迫ってくる。
まさに、ひとりシンデレラ状態である。

他にも、パーティー会場を間違えてしまうとか、丸々1日寝過ごしてしまうとか、それは恐ろしく心臓が縮むような悪夢なのだ。
一番焦ったのは、リハーサルの時点でステップが全然わからなくなっている、という状況の夢である。
振りも音楽も全く忘れていて、曲目自体が初めて見るものになっているのだ。
しかも周りのすべての人はわかっていて、私ひとりが豆鉄砲状態でクルックー。
「何?一種の記憶喪失?ここはパラレルワールド?」と戸惑いながらも、本番までにどうにか覚えようとする。
でも忘れてしまったことが周囲にばれると先生に怒られるので、悟られないように盗み見しながら。

悪夢だー。起きると汗をかいているもん。ぐったり。
人間ってけっこう弱くできているものだね。
でもがんばれます。
緊張とストレスの代償として得られる、本番の恍惚感と達成感…私はその魅力を知ってしまったのだから。

2003年12月21日

尼になる確率

みなさん、今、恋愛していますか?
私はなぜだろう、現在好きな人がいません。
おかしい。23歳なのに。ピチピチなのに。
(いついつまでもピチピチしている心構えでいるけれど)
私の旬は、今この時期ではないのだろうか。
あぁ、心を動かす準備はできているのに。
恋愛をしていると、情緒が右往左往してすごく疲れるけれど、それが「恋」ってものなんだろう。
安定を求めつつ、同時に変動をも求める。

占いで「今年中にこれだ!と思う人に出会わなければ、次回は10年後です」と言われた。
確か、この丸11ヶ月と数日、そんな異性には出会っていないはず。
あれ?じゃあ、あともう何日?
ものすっごい劇的な出会いが突然、この冬の空から降ってくるとも思えない。
街のクリスマスツリーにハンサムな男性がくくりつけられている、なんてこともないだろうし。
もしいたら拾って帰ります。
それまでにどうにかこうにか、惚れ薬を精製しなくては。
もしくは、サンタクロース爺が白い袋から、ずるりと大人の男を枕元に出してくれるとも思えないし。
もしくれるなら、絶対「よい子」でいつづけます。

しかし次は10年後って。「一時代」として区切られる時間だよ。
5年後なら待てます。
編み物なんかやりながら、月日が過ぎるのを待っています。
でも10年は、長すぎる。
もし本当に10年間なにもなかったら…
お父さん、お母さん。ごめんなさい。
私は尼寺へ行くと思います。

2003年12月8日

様式を守ることの重要性

私の好きな男性芸能人のタイプに、「伝統芸能に携わる人」というカテゴリーがあるのを発見した。
たとえば
野村萬斎(狂言師)・中村獅童(歌舞伎役者)・藤原道三(尺八奏者)
テレビや雑誌で見かけるたびに、「ものすごく素敵!」と胸をキュンキュンさせている。
この3人の方々は、各分野で才能を発揮している、今をときめくキラ星なのだ。

私は姿勢がよい人が好きだ。
芸能の技と心を磨くため、日夜努力してきた結果の「姿勢のよさ」
姿勢ひとつとっても、決められた伝統的な型があるという。
一度枠にはめ込むという作業をしてはじめて、その枠からはみ出て新しくチャレンジすることと、型を守っていくことの両方ができるようになるのだと思う。
私は社交ダンスを習っているが、同じことが言える。
理想的なダンスの型を目指し、指1本にまで気を配り練習を重ねる。
その指の形が自然にできるまで何度も繰り返す。

ルールがないゲームで遊ぶことは難しい。
57577というルールに出会って、私はやっと詩的世界を楽しむ術を知ったのだ。

2003年12月2日

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2003年12月


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