舟越桂と出会う

みなさんは、舟越桂という彫刻家を知っているだろうか。 →公式サイト

今回の盛岡旅行のきっかけは、私が「舟越桂展(開催/岩手県立美術館)を見に行きたい」とだだをこねたところから始まった。
楠を素材とした、ほぼ等身大の人物半身像。
舟越桂の存在は、以前からテレビや雑誌などで知っていたが、作品をこの目で見るのはもちろん初めてであった。

私たちはゆっくりと時間をかけて、作品ひとつひとつを実にじっくりと鑑賞した。
彫刻のみならず、ドローイングや水彩作品、さらに舟越自身の創作メモも展示されていた。
それらを見て感じたことは、舟越桂という人がいかに理知的な人物であるかということである。
自分が何を見て、何を感じたか。どう考えたか。
彼はその根本を見つめようとしている。
自己の内面に深く深く潜りつつ、理性的に客観視しようとする姿勢。
多分、そこに舟越が求める「真実」が確かにあって、だからこそ私たちは、彼の手から作り出された作品に「美」を見出すのだと思う。

展示されている作品には囲いがなく、鑑賞者は息が触れる距離にまで近づくことができた。
そこまで近づくと、圧倒的な存在感に身震いがした。
生命のあった木から作られているからか、その木彫の人物の息や鼓動や体温を感じるのだ。
今まで見た、どの彫刻作品よりも、心が揺さぶられた。
そして私は思った。
もし今、両手で思いっきり、この作品を押し倒したら。
床に強く打ちつけられ、無残にも割れてしまった作品を、どんな気持ちで私は見下ろすのだろう、と。

さっきまでそこにあった「美」は二度と戻らない。
この世界にはないものとなってしまう。
そんな取り返しのつかないことを自らの手で行ってしまったら。
私は金閣寺に火を放った人間のような、危うい誘惑にすくい取られそうになっていた。
それで、その「美」が自分ひとりだけのものになるわけでもないのに。
ある完成された美しく尊いものを壊したい衝動は、誰にでもあるものなのだろうか。
それはよくわからないけれど、私は犯罪を犯すことなく、無事に鑑賞を終えた。

絵画もそうだろうが、三次元の彫刻作品はやはり、写真や映像でなく、実際に自分の目で見るべきだと改めて思った。
「そこに存在する」ということがどんなことなのか、感じることができたいい経験であった。

2004年3月31日

温泉と女の友情

先日、大学時代の友達と3人で、盛岡に行ってきた。
目的は「旧交を暖める」の一言に尽きるのだが、それに付随して、 欲張り乙女らはいろいろ楽しんできた。
まずは、温泉。
私たちは旅行をするとき、必ず温泉を目当てに行き先を選んでいる。
ここは日本列島。どこに行っても温泉があるから安心だ。

今回は鶯宿温泉に宿泊した。
効用は神経痛だとか疲労回復だとか、それらはすべて置いておいて、とにかく「美肌」効果を信じて入浴する。
体を洗ってはお肌にお湯をすり込み、髪を洗ってはすり込み、サウナで汗を流してはすり込んでいた。
そのおかげか、翌朝のお化粧のりのいいこといいこと。
ありがとう、鶯宿温泉。ありがとう、日本の火山帯。

さて、私たちが旅館を選ぶときの第一条件。
それは、「露天風呂の有無」である。
どうしてこうまでこだわるのかわからなくなるが、 露天風呂がある旅館に泊まるということが、私たちの旅の大前提になっている。
「せっかく温泉に来たんだから、露天風呂に入らなきゃ損よね」という庶民的発想なら、 それはそれで悲しいが納得。
私たちの旅行シーズンは大体冬なので、内湯から外に出たときは、そりゃあ寒い。
おばあちゃんだったら、心臓麻痺くらい起こしかねない。
(でも実際は、寒空の下の岩風呂なんかにごろごろ高齢者が転がっていたりするよね)
山なり海なりを臨む露天風呂まで行くのは決死の覚悟だ。
一瞬なら、冷気でバストアップしているかもしれない。

しかしそんな思いをしながらも、露天風呂にこだわるのは、 やはり「心の満足度」を求めてのことなのだろう。
シンとする空気を顔に感じながら、気心の知れた友達と入る露天風呂。
夜は空の星を、朝には飛行機雲なんか見上げたりして。
やっぱり、露天風呂っていいな。
顔だけ冷たくして、体をお湯に浸けとく行為が気持ちいいのなら、自宅でもできるかもしれない。
でもそれは多分、気持ちよくない。
プラス自然と新鮮な空気(私は積極的な自然志向では全然ないけれど)と、そして「友達」がいなきゃ。

お風呂上りは、交替しながら熱心にマッサージ器を試していた。
ここらへんがやや年月の流れを感じるが、いや、どんと来い。
私たちの望みは、しわしわのおばあちゃんになっても、一緒に旅行をし、 一緒に露天風呂に入ることなのだから。

2004年3月19日

24年目の弥生

今月は私の誕生日があるではないか!
わーいわい。あと2週間ちょっと。
いやおうなしに気分を盛り上げていくぞう。
誕生日って、0時になった瞬間から楽しく過ごしたいものだ。
実際はどうだろうなぁ。
「生まれてきてくれてありがとう」と両親にもろてを挙げて喜んでもらいたい。
だとか、娘は願ったりする。
なんてわがままな!
でもそこが可愛いと思ってね。父よ、母よ。

誕生日プレゼントって、うれしくてくすぐったい。
兄・妹・弟の3人は連名でくれる。
去年は大友克洋のAKIRAのフィギュア(海洋堂)だった。
今年はレースのバレリーナみたいな靴下だって。
私の喜びそうなものを完全に見抜いたセレクト。
さすが血を分けた兄弟ぞ。
両親はケーキと、特別なごちそう。
そういえば、去年はちゃんとキャンドルに火を灯して、ふぅーってできたからうれしかったな。

仲良し家族に生まれて、心から幸せだと思う。
ハッピーバースディの歌も、家族みんなで手をたたきながら歌うし。
子ども全員が成人しているのに。
うれしい、平和な家庭。
この幸せがいつまでも続くことはない?
長生きしてね、両親よ。

恋人がいなくても、アニバーサリーはやって来て
寂しさとうれしさは、いつも一緒になってお祝いしてくれる。

さあ、来い!誕生日。
一本背負いして、ぎゅぎゅって抱きしめてくれるー。

2004年3月9日

ドッペルゲンガーはいづこ

今日の午後、繁華街を歩いていたら、ひとりのおばあさんに声をかけられた。
「ありゃ!」なんだろう?その驚きは。
小柄なおばあさんは、目をパチクリしている私の顔をのぞきこみながら、 「似てるなぁ。でも違う人だべかぁ」
どうやら私が誰か知り合いに似ているらしいのだが、こちらが確認しようとしても、 防寒のためにほっかむりをして、顔の上半分しか露見していない老婆の正体はわからない。
おばあさんは聞く。
「○○○さんの孫さんでねぇよな?」
重要な○○○の部分が聞き取れなかったのだが(だってスカーフ1枚隔てて届く声だもん)、 とりあえず「えぇ、違いますー」と答えておいた。
「わいわい、どんだばぁ。こっだら似でる人いるんだべかぁ」
(標準語訳:あらあら、どうしたことでしょう。こんなに似ている人がいるものでしょうか)
困惑しているおばあさんを横目で見送りつつ、私はうすら笑いを浮かべながら足早にその場を去った。
郵便局に急ぎの用事があったものだから。

しかし、世の中には自分とうりふたつの人間が3人いるという。
本当だろうか。
私にも、そういうそっくりな人がいるらしいのだ。
中学校に入学したての頃、上級生の男の人に「君、お姉さんいるよね?」と 廊下で声をかけられたことがある。
もちろん、私には兄はいれども、姉はいない。
しかしその先輩はわりとハンサムで、私は13歳の胸をふるわせた淡い思い出が残っている。
他にも、高校時代に友達とカフェでお茶をしていたとき、遠くのテーブルにいた女子高生から 「△△ちゃーん、△△ちゃーん」と手を振られたことがある。
全然違う名前で呼ばれても。

どうしよう。
同市内にドッペルゲンガーがいたら!
出くわしてしまったら!
ドッペルゲンガーにあったら死んでしまうのだよね?
きゃあー、恐ろしい。
でも、もし本当にそっくりな人がいるのなら…。
一度会ってみたい気持ちも出てくるというのが人間だろう。
ちなみに、人は私とことりちゃんがそっくりだと言う。
挙動が。顔や姿形は全然、似てないと思うんだけど。

2004年3月4日

ネット短歌界一大イベント

さて始まりました。
題詠マラソン2004!
私はスタートするのはもう少し経ってからになると思いますけど、 100個のお題を確認してきました。
うーん、今回もバリエーションに富んだお題の数々。
お題一覧を眺めていると、「題詠マラソンって、本当に有意義な催しだなぁ」と思います。
だって自分ひとりで短歌を詠んでいるだけでは、絶対に思い浮かばないような語句がいっぱいなんですもん。

例えば。
「030:捨て台詞」「039:モザイク」「084:抱き枕」「090:木琴」
歌人に限らず誰でも、自分が好んで使う語句の引き出しというものがありますよね。
これらの言葉は、私の引き出しにはなかったものです。
言いなれない言葉であったり、普段の生活で身の回りにない物であったり。

「049:潮騒」なんていうのは、「おぉ、これが潮騒か。ザバーンッ」 と身体的に経験したことがないし。
三島由紀夫の小説のタイトルのイメージが強くて。
「075:あさがお」は、小学校時代よく枯らしていた思い出。
興味がなかったのかなぁ、当時の可愛らしかったであろう私よ。
「022:上野」は(地名として詠むのなら)東北の私が歌に詠み込むこともなかなかないと思います。
「077:坩堝」は、読み方がわからない。
カタツムリだと思ったら、それは蝸牛だったし。お恥ずかしい。
「034:ゴンドラ」は、あれ?どんな乗り物だっけ?今、頭に思い浮かべているのは、 多分トロッコという名称だろう。
他にも、私にとってはダイレクトすぎて詠まないだろうなぁというような言葉も見られます。
「004:ぬくもり」「064:イニシャル」といったものがそうです。

今、挙げたお題を使って、私がどんな短歌を詠むのか。
自分自身、わくわくしています。もちろん不安もあるけれど。
今まで気づかなかった語句。
それだけ創作意欲に刺激を受けます。
さぁ、歌心よ。いつでも舞い降りてきておくれ。
マラソン、無事に走りきれますように…まずは願かけ。

2004年3月2日

のめり道

この週末、私は編み物に没頭していた。
何回もの練習を重ね、「うむ、よし、この編み方を習得できたぞ」という自信がある程度ついてから 始めたのだが、これがもうのめり込むったらなかった。
約75メートルの毛糸玉3つを使い、マフラーをなんと2日間で(指編みではなく棒編みで)編み上げたのだ。
つまり1日につき1.5玉、112.5メートル。
陸上競技に使用される100メートルトラックを想像していただきたい。
そのトラック一周と少しに敷かれたモスグリーンの毛糸を、 端から端までたぐり寄せて編んでいったのだ。
あぁ、楽しかった。そして大変だった。

なんせ長時間(食事とトイレとお風呂の時間以外)、ほとんど同じ姿勢で目と肩と手首を酷使しているようなものだもん。
けんしょう炎になるかと思った。
腕にペタペタ湿布を貼ってまで、私は自分自身に過酷な試練を与えていたのだ。
寝るのも惜しんで編み続けた2日間。
本当に徹夜していたもんなぁ。
お肌が荒れるとわかっていても、止められなかった。
「キリがいいところまで」が私の頭の中にはない。
体力がなくなるまで、やるしかないのだ。
もう熱中しちゃっているから。

私はよく、ある作業にのめり込んだら、体力が擦り切れるまでガンガンやり続けてしまう。
一時ことりちゃんの影響で「ロジック」にはまったときがあるのだが、このときも没頭してしまい、手が離せなくなってしまった経験がある。
ごはんを食べる時間ももったいなくて、おなかをギュルギュル鳴らしながら、黙々とロジックに取り組んでいた。
しかし、ロジック熱は24時間で冷めてしまった。
残念ながら、こういう徹底した論理性を求めるゲームは、自分には向いてないことに気づいたのだ。
24時間かかってやっと気づいた、というほうが怖いけど。
「なんかもう適当に帳尻合わせて、どうにかこの局面切り抜ければいいさ」の考えで 今まで生きてきた人間が、できるものではなかったのだ、ロジックは。
すっごく楽しかったんだけど、私は諦めも早いほうだと自覚しているので、もう後ろは振り向かない。

さて毛糸だが、想定していたよりも1玉分の長さが出たので、2玉余っているんだよなぁ。
毛糸増やしてもう一本、マフラー編もうかなぁ。
ペアルック、未来のかっこいい彼氏が嫌がるかしらん。

2004年3月1日

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2004年03月


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