豪快な人

癌だった。
何事にも豪快で、とても力強いイメージの人だった。

私は先生を慕っていた。
違う学部の教授であったから、講義を受けたことも、ゆっくりとお話することもあまりなかったけれど、 初めてお会いしたときから、その豪快さに私はすっかりファンになっていた。
崩した座り方も、話す口調も、他者を圧倒するくらい、とにかく豪快な方だった。
たまに学食でお会いするときもあった。
どんな料理にだって塩をたっぷり振りかけていて、私はなんであのとき「先生、塩分の摂りすぎですよ」って言わなかったんだろう。
先生はヘビースモーカーでもあった。
タバコを吸う姿がかっこよくて、そのときは「先生、タバコの吸いすぎですよ」なんて言おうとも思わずに、私は微笑みながらコーヒーを出していたものだ。
趣味の海釣りの話をするときは、先生は本当に楽しそうに仲間たちとの思い出話を聞かせてくれた。
あぁ、そうだ、私が「野性味あふれるヒゲ」好きになったのも、そもそも先生がいたからだった。

訃報は、日曜日の朝に聞いた。
全然信じられなくて、しばらく口が半開きになっていたと思う。
夜になって、しみじみと悲しみがやってきて、私は「やっぱり泣くんだな」と思いながら部屋で泣いていた。
小さな後悔が、次々と涙になっていった。

大学卒業後、たまたま学食で再会した先生は、タバコをやめていた。
放射線治療が効果を示さず、手術することになったと。
あんまり先生が明るい口調で言うものだから、私はなんだか現実感が持てずに、不恰好な笑顔を見せていたかもしれない。
そう思うと、今でも申し訳なくなる。
別れ際、先生は何度も「今度、研究室に遊びに来いよ」と言ってくれた。
なんであのとき、恥ずかしがって行かなかったんだろう。
同席していた教官が「まるで身辺整理をしているように、急いで仕事を引き継がせようとしているんだよ」と言ったのが、 すごく悲しかった。

私は先生をとても敬愛していて、部屋の机の上の写真立てには、白髪まじりのヒゲをたくわえた先生が立っている。
6月18日、先生、ご冥福をお祈りします。

2004年6月22日

いっそモーセの杖で

前回は先月だったか、先々月だったか。
三日坊主で終わった腹筋運動を昨日から再開した。
がんばれ、私。
昨日は、ペロンとシャツをまくり上げ、おなかを出しながらやってみた。
多少なりとも割れる兆候があるかどうかを確認するためだ。
上半身を起き上がらせる度、お母さんに何度も
「どう?力強さわかる?出てる?」
と聞いたのだが、
「いや、ぷにょんぷにょんってしているだけだよ」
と言われた。悲しい。

今日は腹筋のほかに、背筋と腕立て伏せもやった。
お兄ちゃんと一緒に。
まぁ、私はすぐへこたれてしまったけれど。
だって腰を痛めてはいけないもの。
そこで、複数人で同時に腕立て伏せをするときの楽しみ方を発明した。
横に並んで始めて、最初はお互い外側に顔を向けて腕立て3回、4回目で今度は内側を見て「こんにちは」しつつ腕立て3回。
そして、その繰り返し。
楽しくできて、なおかつ「あっちはまだ余裕の顔をしているなぁ。負けてられないぜ」とライバル意識をも刺激することができるという優れもの。
お兄ちゃんと試してみた結果、お互い顔を見合わせた途端、笑い出して腕立てどころではなくなってしまったが。
あぁ、楽しかった。
みなさまも、ご家族・ご友人とぜひご一緒に腕立て伏せを。

2004年6月15日

睡眠中の妄想、夢

昨日も今日も、夢を見た。
どちらもあまりいい内容ではなく、それが私の無意識下の願望なのかと思うと、小さく身震いしてしまう。

今日見た夢の舞台は、室町か平安時代。
私は夫と子どもを殺された上流階級の女で、懇意にしている寺に身を寄せようと、森の中を逃げているところ。
そこを石黒賢似の野武士に襲われるという、映画『羅生門』のようなお話である。
私のお供をしてくれていた式神(9人のクローン女房の姿に化けて)も、強者な石黒賢によって切られて紙に戻ってしまった。
草の匂い、木の幹のゴツゴツした感触、闇夜の中のぼんやりとした星の光、すべてが生々しくて、石黒賢は目が大きかった。

昨日の夢は、ある男の人が好きになるんだけど、その日のうちに失恋するというお話。
夜に繁華街を歩いていたら、どこかで見たことがあるような男性とすれ違う。
相手も同じように感じているらしく、すれ違って少し歩いてから、お互い振り向いて顔を確かめた。
なんだか照れて、笑ってしまった。
挨拶してみると、中学校か高校か大学で、友人ではなかったけれど、知り合いの人だと判明。
オリンピックの水泳代表に選ばれて、故郷に錦を飾りに帰ってきたところだという。
だから荷物が大きいのか。
スーツ姿なのに、登山用のような大きくて重そうなリュックサックを背負っている。
水泳をしているから、胸板も厚くて、スーツの上から触らせてもらった。
すっかり意気投合して、これから買い物に行くのに付き合ってくれと彼に言われる。
もうメロメロになっている私は迷わずついて行くんだけど、買い物というのが、彼女へのお土産だった。
彼はやたらめったら悩みながら、あれこれ選んでいた。
しかもその彼女が不細工という設定で、それでもあんなに一生懸命プレゼントを選んでいるということは、 すごく彼女のことを愛しているのだろうな、と思って、身を引くことにした。
彼は、最終的には、赤いヘアゴムを買っていた。

2004年6月9日

大霊界の隣

我が家のリビングのいくつかの本棚は、あらかた母の趣味で埋まっている。
私の母はわりと本好きなのだが、小説はほとんど持っていないようだ。
一冊もないのではないだろうか。
では、何を読んでいるのかと言えば、大きく5つに分ければ以下の通りである。

@占い関連の本(母は四柱推命ができる)
Aエッセイ(さくらももこ、ビートたけしなど)
B家庭の医学もの(本人が喘息持ちのため)
C動物・ペットもの(ペットの種類が変わるとその度増える)
D料理・裁縫本(本人はミシンが嫌い)

実用的なんだか何なんだかよくわからないが、私には本能のおもむくままに購入しているように感じる。
我が家ではパソコンはリビングに置いてあるのだが、今キーボードを打ちながらふと右奥の本棚を見てみると、衝撃のラインナップ。
一部抜粋。
『大霊界〜死んだらどうなる』(丹波哲郎著)
その右隣には『学研版ジュニアサイエンス大図鑑』
左隣には『ぶきっちょさんの袋作り100』

おぉ、母よ。
どこに行こうとしているのか。
大霊界に行くときだって、袋は100個も要りません。

2004年6月7日

平安に憧れる乙女

平安時代の世界はお好きですか?

今までとくに意識したことはなかったが、私は平安時代の物語が好きなのかもしれない。
思い返せば、中学校時代は小説『なんて素敵にジャパネスク』(氷室冴子著)を読みふけっていたし。
高校生の頃は、源氏物語に(とは言っても、原作は読めないんだけど)どっぷりハマった時期があった。
キッカケは、クラスメイトに貸してもらった漫画、『あさきゆめみし』(大和和紀著)である。
絢爛豪華な十二単や、たゆたう黒髪の流れ、美麗な登場人物たちに私はいちころになった。
思い立っては熱心に、人物相関図や血縁関係をノートに書き写していたりもしていた。
この作業に何の意味があるのか、過去の自分の真意はわからないが、多分、書き写しながら物語の復習をしていたのであろう。
主要な登場人物の名前は正確に暗記しなくてはならないと思い、「朧月夜」や「玉鬘」の漢字練習までしていた。
なんとも微笑ましい、実に10代らしい熱の入れようではないか。
当時は、こんなに帝や皇族の話が好きなんて、私は右翼なのではないかと、内心ドキドキしたくらいだ。
今思うと、ただ単に綺麗な絵に惹かれていたのだなぁと思う。
物語の中に登場する和歌になんか目もくれていなかった。
しかし源氏物語を好きになったおかげで、古典の授業では、二重尊敬の文法もどんと来いとなったのはいいことであった。

さすが『あさきゆめみし』、これからも永く永く乙女らに読み継がれていくことでしょう。
大和和紀さん、ありがとうございます。
紫式部さんも、ありがとうございます。

2004年6月4日

past >>

2004年06月


© Umi Sato All Rights Reserved.