赤に塗り込められた秋

昨日から、「普通に雪降り」の日々がやってきた。
これから長い長い冬が始まるのかと思うと、ふらふらしてしまう。
あぁ、寒いのはいやだよう。
道が凍って滑るのが怖いよう。
雪の白さに目がくらむのも困るよう。
溶け出した雪が泥と混ざって赤茶けるのがせちがらいよう。

そんなこれからの冬を憂うつに思いながら、はて、今年の秋、私はどう過ごしたのだろうと振り返る。
秋、秋と言えば、それはオシャレ心に火がつく季節だ。
落ち葉が積もる街路を歩いては、新しい服やバッグや靴が欲しくてたまらなくなった。
「なった」と過去形で言ったのは、大学を卒業してとんと、そのファッション欲求が弱まってしまったからだ。
学生時代は「今秋のテーマカラー」というものを設定して、洋服などを楽しく購入していた。
ある年は、赤色だった。
赤いバッグ、赤いカーディガン、赤いスカート、赤いニットパーカー、赤いマフラー&手袋…
赤い靴だけはギリギリ買わなかったけれど、これらで全身を固めていたら、私はすっかり危険人物に見えただろう。
サンタクロース崇拝者とか。
実際は、全身着るなんてことは当然しなかったけれど。

そんなファッションの秋を楽しんでいた女子学生だったのに。
気づいたらもうすっかり、そのうきうき感を覚えることがなくなっていた。
秋なんてすぐに過ぎ去って、ほら、すでに冬だ。
なぜだろう。
やっぱり同年代の女の子が集まる場所(学校)というのは、それだけでファッションへの興味が湧き出でるものなのかしら。
このままじゃあ私、ちゃんちゃんこを着て外を出歩ける女になってしまうかもしれない。
赤いちゃんちゃんこを。

2004年11月30日

怪盗三姉妹

みなさんは『キャッツアイ』(週刊少年ジャンプ/1981年〜85年連載)というマンガをご存知だろうか。
『シティーハンター』と並ぶ、北条司の代表作である。
ストーリー紹介は割愛させていただくが、怪盗キャッツアイの正体がレオタード姿の美人三姉妹だ、 ということだけ覚えておいていただきたい。

「三姉妹のうち、なるとしたら誰にするか」
先日、私が妹にふっかけた質問だ。
妹はキャッツアイについての知識はほとんどないので、とりあえずそれぞれの髪型とレオタードの色だけ教えた。
そして、「お姉ちゃんは泪(三姉妹の長女)だからね」と言った。
妹は少し考えてから、三女の愛を選んだ。
じゃあ、次女の瞳はどうする?という話になって、瞳の役はチョコタンに任せることにした。

あぁ、失念していたよ。
瞳が主人公だってことを。毛だらけの主人公っていやだなぁ。
青色のレオタードから4本の短い脚が出ている主人公。
敵であるはずの刑事との恋に悩む、ミニチュアダックスフントの主人公。
それにだって、「キャッツ」じゃなくなるもんね。
これこそ根本的な障害だワン。

2004年11月8日

続・毛糸の誘惑

私の編み物の先生は、妹のことりちゃんだ。
彼女は、まったくすごい。
まるで既製品のような精密な編み技術。 言わば、編み物マシーンだ。
そんな妹に、私は2年前から編み物を教わっている。
今回の課題は『かのこ編み』
無事、習得ー。筋肉疲労と引き換えだったけれど。
不器用な姉はしっかり練習を重ねて、その編み方に自信がついてからでないと、「本番編み」を始められない。
今年は黒色の毛糸を使って、かのこ編みのアフラーを編もう。
それと、前回(詳細は3月1日付けの記述を参照あれ)余った毛糸2玉を使って、手袋にチャレンジするぞう。
今まではマフラーしか編んだことがないので、これは挑戦だ。
でも初心者だから、ミトンの手袋にしよう。
お師匠ことりちゃんに編み図(方眼紙に書かれる編み物の設計図)を用意してもらって。
あとは、レッグウォーマーも、おいおい脚何本あるんだよってくらい、色とりどりにたくさん編もうと思う。
え?誰かにあげるのかって?
ははは、全部、自分用だい。
恋人にあげるマフラーも、マフラーをあげる恋人も予定してないんだい。

毛糸の編み物だけで、嫁に行ける国を探しています。

2004年11月5日

毛糸の誘惑

北東北を吹く風がとんと冬めいてきたからか、先日、猛烈に「編み物をしたい欲」が沸き起こって、 クローゼットから久しぶりに編み棒を引っぱり出してきた。
そして丸3日間、ずっと編み続けていた。
ログを紐解いてみると、どうやら今年の3月以来の編み物になるようだ。
今回は、何をつくるために編むのではなく、とにかくまず「編む」という行為がしたかったので、 ひと玉編み終わっては解き、解いてはまた編み上げる、という一見不毛なことを繰り返していた。
肩が痛いー。二の腕も、指も痛いー。とうめきながら。
なぜ、こうもいろいろな部位が痛くなるのか。
私はソファにもたれかかって編んでいたのだが、同じように隣で編んでいた妹は、全然どこも痛くならないと言っていた。
編み物をするには不自然な動きをしているとでも言うのだろうか。

私は基本的に不器用で、裁縫は苦手中の苦手の分野だ。
糸をまつるのは「糸祭り」という神事の一環だと思っていたし、私にとっては、アイロンはガラスの灰皿に次ぐ 「凶器である鈍器のようなもの」の代表としての役割しか持たない。
編み物だって、実はとっても無理をしているので、それが体の節々に歪みを生んでいるのではないか、という結論に達した。
こんなに痛い思いをするまで編むのは、なにか間違っている気がしたけれど、どうにも止まらないんだもん。
今は、やっと編み物欲の波がおさまってほっとしているところだ。
体が湿布くさい。24歳。

2004年11月4日

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2004年11月


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