饅頭こわけりゃおはぎもこわい

今日は、私とはウマの合わない、愛する弟(現在22歳)の食の嗜好について語ってみたいと思う。

彼はわりと食べ物にはうるさいほうで、やれ味噌汁は煮立たせるなだの、やれ魚の焼き時間が長すぎるだの、 姑のように自分の母親に文句をつけている。
そんな繊細な舌を持つ弟は、無類の甘味好きとしても知られている(佐藤家内で)。
特にこだわっているのは餡子で、大の好物が「饅頭」と「おはぎ」なのであった。
家族の誰かが旅行に出かけるときは、必ずその土地土地の饅頭を土産として買ってくることを要求する。
また、おはぎは青森県内のとあるメーカーのものが好きで、ダイニングテーブルに買っておいたりすると、 ひとりで一度に三個も食べておきながら、「じゃあ、残りは後のお楽しみ」と言って、自分の部屋に持っていってしまう。
おい、佐藤家が何人家族で、おはぎをひとり何個計算で買ってきているのか、君はちゃんと認識しているのか。
あまりにそのメーカーのおはぎに惚れこんでいて(餅米の半殺し加減と、餡子の食感と塩の効かせ方がいいらしい)、 一時期、どうにかその店に就職できないかと目論んでいたほどだった。

そんな彼の願望は、「死ぬ間際におはぎを食べること」だそうだ。
口内に餡子をびっちりと詰め込んだ、そのままの状態で死んでいきたいと言う。
死の床に臥してなお、衰えることなきその情熱よ。
ああ、了解した。 くれぐれも押し込んであげようとも。
弟の口にあんこを詰める、それもまた姉の務めなのである。

2005年8月29日

幸福なダンス

私は社交ダンスを習い、教えている。
今年の夏、私のダンスソロデモンストレーション(先生とペアで踊る)の演目は、『パソドブレ』と『タンゴ』のメドレーだった。
パソドブレというのはスペイン起源の舞曲で、闘牛をイメージしたテンポの速いダンスである。
一方、タンゴはアルゼンチンで生まれたダンスであるが、社交ダンスで踊られているのはコンチネンタル・タンゴと言い、 アルゼンチン・タンゴとは趣を異なっている。
他のダンス種目とは異なり、一般的にパソドブレとタンゴは笑顔で踊られることが少ない。
情熱に身を委ね、何か苦悶しているような、眉をぎゅっと寄せて怒っているような哀しそうな、そんな表情をしながら踊る。
けれど私はこうした種目でも、ついつい笑顔になってしまう。
踊っていること自体が楽しくなるのだ。
「踊る」という行動は、身体に原始的な喜びを覚えるのだと思う。
なので、夏のパーティーに向けて練習を重ねている間、 「にこやかに笑って踊るパソドブレやタンゴがあってもいいのではないか」と私は考えていた。
しかし、その考えは先日、見事に変わった。
やっぱり苦悶の表情がこのダンスには最適なのだ。

谷堂誠治・早野恵美ペア(2005年JBDFスーパージャパンカップ全日本選抜スタンダード選手権大会チャンピオン /同セグエ選手権大会チャンピオン)のデモンストレーションがそのことを教えてくれた。
あるダンス教室で行われたパーティーにスペシャルゲストとして招かれていたのが、谷堂・早野ペアだった。
日本人最高のダンス、さぞ素晴らしいのだろうと思っていたが、実際に目にすると、それは想像を遥かに超える衝撃だった。
会場にいるすべての人が、そのふたりにまさに「魅了」されていた。
空間全体を異次元の世界に包んでしまう力。
私たちが見ていたものはダンスではない。
脚でも手でも、煌めくドレスでもない。
そのとき、フロアには確かに「物語」が繰り広げられていたのだ。
特に圧巻だったのがタンゴで、表情を含めた身体全部を用いて、物語のはじまりからその終わりまでを見事に表現してみせた。
狂おしいほどの情熱が込められたタンゴ。
それはやはり、苦しげな切なげな表情で踊られるべきダンスだった。

瞬く間に過ぎていくようでいて、同時に、永遠に続いていくかのようにも感じる時間。
その夢のような時間に身を浸しながら私が改めて感じたのは、「ダンスは音楽を表現するものだ」ということ。
そんなの当たり前ではないかと言われるかもしれないが、先生についてダンスを習う者は、 正確なステップを正確なリズムでもって踊ることに重点を置いてしまいがちになる。
自己表現としてのダンスではなく、与えられた課題をいかにこなすかといったダンスになる。
しかし、音楽の中にこそ「物語」は織り込められていて、 ダンサーはそれを紐解いて観客に示す役割を持っているのだ。
音楽と踊り、その根源的で絶対的な関わり合いを再認識した。

谷堂・早野ペアは、本物のプロフェッショナルだ。
彼らのような、見ている人を魅了する圧倒的なダンスは、残念だけれど私にはできない。
技術と才能とカリスマ性が足りない。
けれど、見ている人を楽しい気持ちにするような、そんなダンスを踊れるダンサーになりたい。
振り返れば、社交ダンスを知ってもう18年になろうとしている。
ダンスを踊る楽しさ、素晴らしいダンスを観ることの喜びを感じることのできる人生を、幸福だと思っている。

2005年8月20日

空想発明品『ホクロの恋心漬け』

かつて、私はある画期的な新製品を提案したことがある。
詳しくは2003年11月13日付けの記述を参照していただきたい。
今回は我が空想上の発明品第2弾!
その名も、『ホクロの恋心漬け』である。





世の中には様々なフェティズムがあると思われますが、案外と多いのが「ホクロ」ではないでしょうか。
実際、私もそのひとりです。
顔のどこかに(もしくは首筋に)ホクロがあると、その異性に対する好意が三割増しになるのです。
見落としてしまいそうな小さなホクロもよし、存在感のある大きさのホクロもまたよし。
他人のホクロを触ることは容易ではありません。
「ホクロを触り合える仲」、それこそ恋の成就の象徴でもあります。

今回ご紹介するのは、残念にも恋人が魅力的なポジションにホクロを持っていない人の「ホクロへの愛慕」にも存分にお応えする商品!
胡麻の漬物、『ホクロの恋心漬け』です!
ヘルシーな胡麻をシソの汁に漬けて、恋の色であるピンク色に鮮やかに染め上げた、 『恋心漬け』という商品名にふさわしい、愛らしい食品となっております。
朝食の白いご飯の上にかける、料理に混ぜる、おにぎりにまぶしてデートに持っていく、思い切って恋人の頬に貼り付けてみる。
その用途は幅広いことでしょう。
胡麻の漬物という今までにありそうでなかった製品が、胡麻をホクロに見立てる発想の新しさによってついに商品化!
あなたの恋する心を刺激することうけあいです!
ぜひこの機会に、新商品『ホクロの恋心漬け』をお買い求めください。





どうだろう、これは地場産業にも影響を与えるね。
国内の胡麻の産地の人々に教えたい。
そうしたら、すぐさま道の駅とかに置かれるに違いないね。
「ああ、この手があったか!」という、村役場の観光課の職員さんの声が聞こえてきそうだ。
地域開発と恋する消費者の想いを結びつける、まさに架け橋となることだろう。
しかしこれもかなり以前に思いついた新製品なのだが、いくら周囲の人に話して聞かせても、共感を得られたためしがない。

ホクロがビニールパックの中に、ピンク色の液体に浸されながら何百個とひしめいていると思うと、 うん、確かに気持ち悪いとは思うけれど。

2005年8月12日

のようなもの

さて、私は塾講師のアルバイトを始めた。
これで昼はダンス指導員、夜は塾講師として、どちらも「羽美先生」で過ごす日々になった。
いやはや、よもや自分が「先生」と呼称されるような立場になるとは、とんと思いも寄らなかった。
大学に入学した頃は、両親からの「取れる資格は取っておきなさい」というお達しのもと、 教員免許を目指すのもありか、とぽわーんと考えていた。
しかし、日本国憲法の講義(教員免許には必須科目)で不可を取った瞬間、 「やっぱり私に先生業は向いていないのだ、それが神様のご意思なのだ」と悟り、 決して再び教員を将来の選択肢に加えることはなくなった。
大体、日本国憲法講義の教官の声が大きすぎるのがいやだった。
変な太いサスペンダーして、変な蝶ネクタイしていたし。

おっと、話がずれたけれど、とにかく、「先生」と呼ばれるようになるなんてまったく想定していなかったのだ。
なので、ダンス教室で生徒さんに教えるようになった当初は、「先生」と呼ばれることへの違和感がなかなか消えなかった。
気恥ずかしいというか、おこがましいというか、その呼称に慣れることは一生ないだろうな、と思っていた。
ところがどっこい、人は皆、ある程度の順応性を持っているようで、今では、 ダンスのキッズスクールの子どもたちや塾の生徒に対して、自分の代名詞を「先生」とすることに、なんら違和感はなくなった。
実にスムーズに、「はい、じゃあ次に先生のステップを見てー」などと言っている。
数年前の自分の気持ちや環境を思い出してみると、不思議な気持ちになる。

普通に生きていて、「先生」と呼ばれることになる人は世界の全人口の何%くらいいるのだろう。
そして、その中に自分が含まれている事実。
「先生」という単語の意味に、私は何かしらの人間性(責任感というよりも、人としてのありよう)を見ているのかもしれない。
教職員に限らず、公に人にものを教える立場の人の正しい精神のあり方、のようなものがあるのではないかと。
なので、私を「先生」と呼んでいる方々よ。
そう呼ぶときは括弧して「のようなもの」を心の中で付け足して下さい。
こんにちは、先生(のようなもの)!また明日、先生(のようなもの)!と。

2005年8月5日

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2005年08月


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