家督継承祝賀会の模様

先日、私は織田信長の後継者に選ばれた。
そう、夢の中での出来事だ。

そこは、えんもたけなわな宴会場のお座敷だった。
コの字に並べられたお膳の前には、それぞれの武将が胡坐をかいており、すでにしたたかに酔っている。
私は、司会の誰か(これもきっと武将)に促されて、上座に立つと、次のように挨拶をした。

「ただいまご紹介にあずかりました、織田信孝(または信雄と言ったかも)です。
このたび、信長様の後継者に選ばれました。
信長様の天下布武の思想をより広めてまいりたいと思います。
なにとぞ皆様のご指導ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます」

武将のみなさん、酔っているものだから、もうやいのやいのの歓声と拍手がお座敷に響き渡る。
一文を言うたびに盛大な拍手をいただくものだから、なかなか先へ進めません。
政治家のパーティーでの演説のようだった。

この夢の何がすごかったかというと、織田信孝(もしくは信雄)と名乗っていたくせに、 なんと見た目は「佐藤羽美」のままだったということだ。
しかも、ジーンズにカットソーという、実にラフな服装だったのだ。
私だけではない。
居並ぶ酔っ払い武将の全員が、現代のおじさんの格好だった。
ちょんまげでも着物姿でもなく、赤のポロシャツだとか、チノパンだとか、 バックスバーニーが大きく刺繍されたトレーナーだとか、ニットベストだとか、 そう、まるでゴルフコンペの打ち上げ会場の乗りなのだった。
みんな、七・三やら八・二に分けられた髪型をしている。
眼鏡着用率も異常に高い。
きっとあれが柴田勝家で、あっちにいるのが前田利家だろう。
ははーん、お酌をして回っているのが羽柴秀吉か。
夢の中で私は、そんな酔っ払って顔を赤くしている中年男性の集団を、安土桃山時代の名高い武将たちだと認識していたのだ。
そして彼らの前で、胸を張って声高らかに、織田信長公の後継者宣言をしている。
演説の最中、「がんばれよー」だの「応援しているぞー」だの、気のいい酔っ払いの声が飛ぶ。

実にちんちくりんな夢だった。
織田信孝や信雄の名前を思い出しているのも、妙にリアルで変だ。
史実、どちらも後継者とはなられなかったのだけれど。
そして、演説の最後の締めはこうだった。

「天下統一は、野望ではありません!計画ですっ!」

会場が割れんばかりの拍手と口笛の嵐。
こぶしを掲げ、悦に入る私。
そこでふっと目が覚めました。
所信表明の締めの言葉が、こうして見てみると、喝采に値するような代物でも何でもないことがおっかない。
夢の中とは言え、織田信長の後継者となるとは。
松風(『花の慶次』)やカスケード(『みどりのマキバオー』)のような名馬荒馬を乗りこなせる人間にならねば、 おじさん武将を取りまとめていく技量なしと見なされてしまうだろう。
こうして、私の天下統一の計画は、夢のまた夢の、また夢の、またまた夢の、あぶくと化している。

2007年5月20日

おかえりなさい

妹がこの春、うちに帰ってきた。

2005年3月18日付けの記述を見ていただければ、当時の様子がおわかりになると思うのだが、私の妹は大学卒業後、 高齢者福祉施設に就職し、ヘルパーさんとして毎日を忙しく過ごしていた。
しかし、元より体力のない細く薄い娘。
腰を痛め、整形外科へ通う日々であった。
その頃の妹を見ていて、姉はもう不憫でならなかった。
なんでうちの子が、高熱を出しつつ夜勤をしなきゃならないの!と憤り、
あの細っこい腕にそれまで見たことのない力こぶができていたときは、
ひえっ、うちの子の白くほっそりとした腕を返して!と嘆き、 週末に帰省した妹の足にすがりついては、「行かないでけろ」と泣きついていたものだった。
すると妹も、「そんなこと言われると、私も離れがたくなる」と言ってめそめそ泣いていた。

そして、椎間板ヘルニアまで時間の問題、と精密検査の結果が下されたところで、夢やぶれ退職の運びとなった。
数ヶ月は塾講師や家庭教師のアルバイトをしていたのだが、このたび、青森市で再就職先が見つかり、こうして帰ってきた次第。
だんだんとアパートから服やら家電やらを運び込んでいます。
いやぁ、あれだけ当時悲しんでいたわりには、部屋(私と妹は同室)に荷物が増えていくさまを、 若干苦々しく感じているのだから、人間っておそろしいものだ。

まあ、それは冗談として。
私は、妹が私の人生に帰ってきてくれて、とてもとてもうれしい。
先日、しみじみ考えてみたのだけれど、「この世でもっとも好きな人物」は妹だなぁと思ったのだ。
「お母さん」か「妹」かで迷ったのだが、なにしろ母とは30歳以上のジェネレーションギャップがあるので、 もろもろの趣味嗜好の共通項から鑑みて、妹を一位に選抜したわけだ。

第一に、容姿が愛らしいことが挙げられる。
姉が9号だとか11号だとかの服を着ているときに、この子は平気で7号5号を着ている憎らしさ=愛おしさ。
色白で睫毛が長く美しく、猫背とおばちゃんのような歩き方を差し引いても(つねづね注意しても直らない)、かなり可愛い。
友達の誰に聞いても、可愛いと評判なので、本当に可愛いのだ。

さらに性格は、とにかく優しい。
ハプニングに直面するとすぐにパニックに陥って、自暴自棄になりやすかったり、ヒステリックな怒り方をすることもあるけれど、 品行方正で弱い者の味方で、正義感の強い娘なのだ。
性格の基盤が、慈愛で出来ているのだと思う。

あと重要なのは、佐藤家のなかで「詩歌」の感性があるのが、妹だけだということだ。
例えば、「この一首のこの単語は、漢字がいいか、ひらがな表記がいいか」でさんざん悩んでいるときなど、妹に相談することができる。
私は、性格の基盤が自堕落と優柔不断で出来ているので、そばに助言をしてくれる人がいるのは本当にありがたい。

願わくは、妹よりも先に死にたい。
そして、来世も来々世も姉妹になりたい。
これほど愛している妹であるが、どうやらそう遠くない将来、結婚しそうな気配なのだ。
絶対、姉である私よりも先に嫁入りするのは明白。
また、私は妹なしの生活になってしまう。
結婚式では父親母親以上に泣く自信がある。
2年前、「数年たったら、彼女を私のもとにどうか返してください」とお願いしてみたら、こうして見事叶えてくださった神様よ。
そのときは間違ってもこんな不穏なお願いはしないので、代わりにと言ってはなんですが、 妹の末永い幸せをひとつ、よろしくお願いします。

2007年5月13日

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2007年05月


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