犬が好き

完全に、犬が好きだ。
この世界のあらゆる動物の中でいっとう、犬が好き。
もうどうしようもなく好きで、犬のいない生活なんて考えられない。
毛むくじゃらでぬくぬく、というだけで、なぜここまで愛おしさがこみ上げてくるのだろう。
とくに、レトリーバーやダックスフントのような、鼻柱の出ている犬種が好きだ。
中でも、ミニチュアダックス!
可愛くて可愛くて、たまらない。
我が家には、チョコタン(8歳)とココア(もうすぐ2歳)という2匹のメスを飼っているのだが、その可愛さたるや、日々、骨抜きだ。
1日に何回も抱き締めては、「おねえちゃんのかわいこ姫、お姫様ー」と毛に顔を埋めてしまう。

愛犬と遊ぶときだけでなく、犬の散歩をしている人とすれ違うだけでも楽しい気持ちになる。
どの犬も実にうれしそうで、幸せそうなのだ。
すれ違った後に振り向くと、尻尾がまるまって、おしりの穴が丸見えなのも可愛い。
犬はどこもかしこも可愛い。
あの目(睫毛も!)、その表面の水分保持率、耳の厚さ加減、寝ているときの鼻の乾きっぷり、 肉球(くさいとわかっていても嗅いでしまう)、脚の関節、尻尾も毛も、全部を愛している。
後ろ脚の大腿部なら、四六時中撫でていても飽きない。

私の夢は、ミニチュアダックスたちに埋もれて眠ることだ。
敷布団に触れている以外のすべての皮膚に、あのツルツルすべすべの毛並みを感じたい。
チョコタンやココアの体に頬ずりしているときなど、気持ちよすぎて、「このまま窒息死しちゃっても本望」と思ってしまうほどだ。
それはもうほとんど依存症と言ってもいいかもしれない。
旅行で二、三日家に帰らずにいると、犬を撫でたいという禁断症状が出てきて、愛犬の写真を眺めては、 きゅんきゅんと切なさで胸が苦しくなってくる。
やっと帰路につく頃には、「一刻も早く、あの子たちを撫でくりまわしたい!頬ずりしまくりたい!」と、 重い荷物もなんのその、住宅街を駆けだすことになる。

いまや、このように「犬まっしぐら」の私であるが、もともと愛犬家だったわけではない。
チョコタンがうちに来てからの、犬愛なのだ。
「我が家に室内犬の必要性なんかないやい」と、家族の中で唯一、犬を飼うのを反対していた。
ところがどっこい、これだもの。
家に帰ったら、こんな小さくて、こんな可愛い動物が、ちょこまかリビングを走っていたのだもの。
はてさて、ひと目で虜になり、ころっと犬好きになった。

最近はより重症で、雑誌などで、犬と飼い主たちが一緒の写真が掲載されているのを見ていると、 ぽろぽろと涙が出てくるようになった。
家族と犬との絆が、見えない光の帯のように写真からあふれていて、感動で胸がいっぱいになる。
犬との出会いからを勝手に想像して、また泣いてしまう。
その写真を撮ったとき、犬はどんなにか楽しくてうれしかったのだろうなとか、 子どもたちは犬をきょうだいや親友のように思って育ってきたのだろうなとか、 この老夫婦にとって、犬を愛することが生きがいなのだろうなとか、いろいろ思い浮かべる。
きっとどの家庭でも、犬のほうが先に亡くなってしまうだろうことを予感して、無意識に悲しみを感じているというのもあると思う。
それが、動物を飼うということなのだ。

チョコタンとココアの一生が、幸せで豊かなものとなるように。
そう願いながら、眠る2匹の太腿を今日も撫でさするのだ。

2007年11月27日

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