荒々しさこそ青森ねぶた

まぼろしであればねぶたのたゆたゆとみちのく銀行本店を
過ぐ

生まれも育ちも青森県青森市という、生粋の津軽人の私が、心から「郷土の誇り」と思っているもの、それが、青森ねぶた祭りである。

日本三大火祭りのひとつとして、ご存知の方も多いかと思われるが、大まかに言ってしまうと、「赤ら顔で光る巨大な猛将や鬼を乗せた山車(ねぶた)が、お囃子や跳人(ハネト)とともに街なかを練り歩く祭り」である。

北国の短い夏の夜空を熱く激しく焦がす光。
かつては蝋燭の灯りを使っていたそうだが、今は発電機を搭載し、600〜800個もの電球や蛍光灯を使用している。
言わば、「大エレクトリカルパレード」である。
かのディズニーランドのエレクトリカルパレードに負けず劣らずのエレクトリカル度だと思う。
いや、「荒々しさ」この一点に関して言えば、確実に、我が青森ねぶた祭りのほうに軍配が上がるだろう。

想像してみていただきたい。
あの可愛らしく善良で陽気なキャラクターたちが、敵を威嚇するように目を見開いていたり、雄叫びを上げるように歯を剥き出していたり、あるいは敵を目前にしてギリギリと口を真一文字に結んでいる姿を。
さぞ似合わないことだろう。

やはり、ねぶたは勇壮かつ華麗に、そして何より、荒々しくなくてはいけない。
観る者の心を荒々しく鷲づかみにし、お囃子にラッセラッセラッセラと引き込んでいく迫力が必要なのだ。

さて、そんなねぶた祭りに、私自身はどのように参加しているかと言うと、完全なる傍観者として、なのだった。
母方の祖父母が煙草や文房具や雑貨の小売店を営んでいるので、小学生の時分から、ねぶた祭り期間中は、店先で写ルンですや団扇や足袋・草履、鈴などの売り子のアルバイトをしていた。

跳人の一群に加わることもなく、囃子方として祭りを盛り上げることもなく、もちろんねぶたを作ったこともなく、大音量の囃子に負けないように大きな声でお釣りを渡すばかりなのだ。
願わくは、心なしか荒々しさを含んだ笑顔で、お客に対応できていれば、津軽人として幸いである。

※歌壇2009年7月号/特別企画『日本の夏祭りの歌』

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2009年07月


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