011:犬

[541]しんくわさん

眠る犬の真似をしている僕たちはいつ息絶えてもまったく平気だ

ああ、本当にこのお題では好きな短歌がたくさんあって困りました。
その中で、やっぱりこれは取り上げたいなと思わせたのが、この一首。
言っていることは、いつ死んでもいいだなんて物騒なことなのですが、全体を包む「静寂な幸福感」にとても心引かれます。
実際にそこ(詠われた場所)にはいなくても、「眠る犬」の寝息が聞こえるような感じがしてきます。
「僕たち」と複数形になっているのがいい。
それが恋人同士か友達か親子かはわかりませんが、確かな絆がある間柄なのでしょう。
たとえそのときだけだとしても、「いつ息絶えてもまったく平気だ」と思える瞬間は、 実はとても幸福なものなのかもしれない、としんみりと感じたのです。

 

[15090]キタダヒロヒコさん

愛犬とともに泳げば愛犬がまづ泳ぎつく岸辺の翳り

静かな口調に、作者と「愛犬」との穏やかな関係が見えてくるようで、心引かれました。
ゴールデンレトリーバーのような毛足の長い大型犬を想像しました。
愛犬が美しい毛をしっとりと濡らし、ざぶりと岸辺に上がる姿を、作者はいまだ水(川?)の中から見ているのです。
「翳り」という一語が、一首全体にただ明るいだけでない、作者の心の小さな屈折や疲労を示しているようです。
しかし決して暗いものに感じられないのは、愛犬と一緒に泳ぐという健全で、多分、 気温も暖かいであろう休日がイメージされるからでしょう。

 

[1759]冨樫由美子さん

呼ぶだらう犬を飼ふなら「まよなか」と金魚なら「黄昏の匂ひ」と<

このお題では好きな歌がたくさん見つかったのですが、この一首はとくに好きです。
ネーミングセンスが素晴らしい。
犬と金魚、それぞれの名前がオシャレでスタイリッシュで、このまま映画に登場しそうです。
「まよなか」は黒毛なのでしょうか。
それとも瞳が深い闇色をしているのでしょうか。
いろいろ想像させられます。
金魚の名前を、黄昏の「色」としないで「匂ひ」と表現しているのも面白いです。
雨の日のような金魚鉢の水の匂いや藻の匂いを思い浮かべさせます。
ただ、 初句「呼ぶだらう」と推量・想像の形をとっているのですが、個人的には、ここは「呼ぶ」と言い切ってもらいたかった。
「まよなか」や「黄昏の匂ひ」を架空の存在とするのではなく、実際にいるのだと思いたかったのです。

 

[5317]柳澤美晴さん

負け犬の遠吠えみたい。びょうびょうとさくらの衣を盗りきれぬ/風/

後半のスピード感が、まさに風が吹いているようです。
「/風/」の表記のしかたも、花びらを風で飛ばされている桜の木を感じさせます。
このような表記の工夫は、成功するか失敗するか、計算が難しいと思いますが、ここでは見事に成功しています。
ただ、 後半がまるで能の舞台を見ているような緊迫感があるのに対し、初句・二句はやや単調で、つながりに違和感を覚えました。
「〜みたい」のような主観をまじえない方がよかったように感じます。

 

[7079]ひぐらしひなつさん

野あざみを蹴散らしてくる彗星を抱きとめれば犬のかたちだ

駆けてくる犬を「彗星」に例えるという、独創的な比喩。
使われている漢字のひとつひとつがそれぞれに影響し合って、目で見ても心地よい、童話のような世界をつくり上げています。
「彗星を抱きとめる」「犬のかたち」という表現もファンタジックで印象的です。

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