015:蜜柑

[7710]かいりさん

親指にちからをこめて夏蜜柑の皮剥くときのゆびは無防備

日常の中での発見はときに詩的なもの。
ここでの「無防備なゆび」というのは、親指以外の指のことでしょうか。
神経も視点も「夏蜜柑」に集中させ、皮を剥くという行為に没頭している時間の数分は、確かに限りなく「無防備」です。
厚皮を剥こうと力を込めている指先は、きっと白くなっているのでしょう。
皮を剥かれた夏蜜柑の肌のように。
ただ、音数をそろえるために、もう少し考慮の余地が残っているように感じました。

 

[7262]りありあさん

わすれたい事がある時白いすじ剥き切るために買う冬蜜柑

まるでそれ(何か忘れたいことがあるときは蜜柑の白いすじを剥くことにしている、ということ)が 習慣であるような詠われ方が面白いです。
食べるためにではなく、「白いすじ剥き切るために」冬蜜柑を買う。
すじを丁寧に剥いているときにだけ、心の中にわだかまっている何かを忘れられる、という意味なのか。
それとも、忘れたい何かを白いすじに見立てて、それを綺麗に剥いていくことが目的なのか。
いずれにしても、とても健全で孤独な習慣だと思いました。

 

[6720]杉山理紀さん

缶詰めの蜜柑それから指先のつめたさだとか含んであまく

「缶詰めの蜜柑」を食べるとき、私は何だか「甘やかされている子ども」の気分になります。
子どもの頃、風邪を引くとよく缶詰の蜜柑を食べさせてもらいました。
その優しい甘さや柔らかさ。
作中主体は多分、今は大人で、冷蔵庫から出した缶詰をひとりで開けて、缶を握ったまま、小さな蜜柑を次々と食べているのでしょう。
指先から伝わる缶の冷たさも心地よく、「缶詰めの蜜柑」の甘さを口の中でめぐらせているのです。

 

[22380]キタダヒロヒコさん

ひとりづつ胸に蜜柑をぶらさげて少女は夏の彩りとなる

「少女」と「蜜柑」と「夏」は、確かに共通性があるなと感じた一首。
未成熟な若々しさや、だからこその輝き、でしょうか。
ここで詠われている、胸にぶらさがっている蜜柑は何の比喩?
蜜柑の放つ柑橘系の香りを表しているのかと思いますが、乳房のことなのかとも思ったり。
初句「ひとりづつ」が効果的。
女子学生たちの通学時の笑い声や姿が浮かんできます。
少女たちは、少女ではない誰かの目を通して、図らずも「夏の彩りとなる」のです。

 

[7850]桜井凛香さん

白カビがびっしりはえた蜜柑ひとつ いいえ ふたつ みっつ よっつ いつつ

このお題でつくられた短歌の中で、一番好きな一首。
白カビが生えた、それも「びっしり」生えた蜜柑が、まるでとても重要なもののように思えてきます。
それは、ひとつふたつみっつ…と数えられてくる分だけ、どんどんと大きくなっていく、確信めいている何かなのです。
途中に「いいえ」という一語が挿入されることによって、そこに途端に登場人物が現れたような印象を受けます。
「ひとつ」から「いつつ」までがすべてひらがなで書かれているのも、その人物の肉声を感じます。

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