019:沸

[26018]多田百合香さん

沸くように咲く曼珠沙華 昨日からあのひとのことばかり気になる

なんて素直でまっすぐな気持ちなのでしょう。
何よりも「沸くように咲く曼珠沙華」の美しさに心奪われます。
花の咲いている様子を「沸く」と表現するとは。
鮮やかな生命力を感じさせる単語です。
「曼珠沙華」という漢字が持つ成熟さや大人っぽさと、その後に続く素直すぎる気持ちの吐露との、 そのギャップがこの一首の魅力になっています。

 

[17743]なかはられいこさん

ふさいでも蝶がつぎつぎ沸いてきて鱗粉まみれのメールボックス

綺麗で妖しい世界観です。
誰か特定の(作中主体にとって大切な)人からのメール=「蝶」なのでしょうか。
キラキラときらめく黄金色の鱗粉は綺麗だけれども、拭いてもなかなか落ちません。
ふさごうとした両手にも、鱗粉はたくさんくっついてしまっています。
実際には、画面上のメールボックスは物理的に触れない(ふさげない)し、そこから蝶が沸いてくることもない。
その二重三重のファンタジックな不思議さが、読み手の心を引き込んで離さないのです。

 

[11527]井上佳香さん

1リットルの水沸くまでを見ておりぬアルミの鍋底明るいくらし

普通に料理をしようというときであったら、お湯が沸くまで、人は他の作業をしているでしょう。
しかしこの歌では、作中主体は「水沸くまでを」、ただその場で一心に見つめています。
それも「1リットルの水」を。
その行為には何かしら背景があって、読み手は想像してみる他はありません。
しかし、何かしら不穏な空気をそこに感じ取ります。
アルミ鍋の軽薄な銀色。
結句「明るいくらし」の、決して明るくはないであろう現実。
それらを想像し、作中主体と一緒に、水が徐々に沸いてくる様子を見ているような気持ちになるのです。

 

[11394]村上きわみさん

湯を沸かし待っております はつなつのこむらがえりのような恋です

誰を待っているのでしょうか。
お湯を沸かして、一緒にお茶を飲もうと思っているのかもしれません。
「こむらがえりのような恋」とは、いきなり襲ってくる痙攣のような熱情を指しているのかなと思ったのですが、 この歌に漂っているのは、もっと穏やかで柔らかい雰囲気のように感じます。
ひらがな表記「はつなつのこむらがえり」の視覚的リズムがそう感じさせているのだと思います。

 

[6638]近藤かすみさん

珈琲が沸くまでわたしを抱きしめて 窓のそとには雨が来てゐる

失恋の歌のように感じました。
舞台はどこでしょう。
静かな裏通りの喫茶店?いや、やはり「わたし」の部屋でしょうか。
窓の外に来ている雨は、多分きっと、とても冷たい雨。
珈琲が沸いてしまったら、もう抱きしめられることはないのか…
もしかしたら、たとえ今「抱きしめて」と声に出しても、その願いは聞いてもらえないのかもしれない…
一文字空けには、一瞬そんな自分を客観化して見ているような、そんな悲しさを感じました。
「雨が来てゐる」という表現は、知らない間に雨が降り出していたという状況を示しているだけでなく、 もうすぐ二人の間にも別れがやって来るという象徴=雨でもあるようです。

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