027:天国

[14422]岩崎一恵さん

(天国と回線がつながりました)手の中に咲く芙蓉いちりん

天国と回線がつながり、作中主体は天国にいる誰と、連絡を取りたがっているのでしょうか。
ファンタジックな世界を、一輪の芙蓉の花が象徴しています。
(カッコ)は使い方が難しく、私はなかなか使えないのですが、この一首においては、 まるで誰かが向こう(天国側?)で「回線がつながりましたよ」と声をかけてくれているような表現の仕方になっていると思います。
とても美しい、霧雨のような一首です。

 

[7199]足立尚彦さん

ご近所の犬の名前は天国といふ。天国がつながれてゐる

「天国がつながれてゐる」という言葉の持つインパクト。
実際の情景としては、近所の飼い犬が庭先がどこかにつながれているだけの日常なのですが、 「天国」が地上につながれている(=自由を奪われている)イメージは、やはり衝撃的です。
旧かな遣いが、この一首の日常・非日常の境界の曖昧さをうまく表していると思います。

 

[631]しんくわさん

天国に蛇はいますか 死ぬ前の蛇使い氏の最後の言葉

心優しい歌。
まるで、『蛇使いと蛇』というタイトルの童話を一冊読み終えたような気持ちになりました。
蛇使いのおじいさんは蛇を本当に愛していたのだ、とひとりで感動していました。
神様、死後の世界でもどうか彼に蛇との安穏な生活をお与えください。
しんくわさんは、この一首以外にも「蛇使い」の登場する短歌を詠んでいます。
>サーカスのテントのロビーで蛇を飼うそのターバンの男を呼び出せ
([580] 018:ロビー)
>蛇使いが笛煮沸する真夜中の耐熱ガラスに浮かぶ微笑
([581] 019:沸)
これらの歌も読んでいたからこそ、「蛇使い氏の最後の言葉」を聞いた感動が強化されたのでしょう。
ところで、「蛇使い氏」の死因が、もし毒蛇に噛まれたのだったらいやだなぁ。

 

[2127]河村壽仁さん

天国は遠くにありて思うもの そしてかなしくうたうものかな

なるほど、そうかと納得した一首。
下句が心に「かなしく」響きます。
けれど、寂しすぎないのは、「天国」が幸せな場所であるだろうという静かな確信があるから。
残された者の気持ちを救ってくれるような歌だと思います。
ちなみに、「天国」という単語が「極楽」に置き換わったら…
同じ感想は抱かなかったでしょうね。
言葉の持つイメージの違いを考えさせられます。

 

[9691]高澤志帆さん

アパートのドアに第七天国とエスペラント語でしるす朧夜

夢の世界のような不思議な感覚にあふれた一首。
「第七天国」とは一体、何を示しているのか。
しかもそれを「エスペラント語」で書く、「アパートのドア」に。
このドアは、ありふれた日常の象徴として提示されているように思いました。
読み手自身の、そこにある、ドア。
短歌の世界から抜け出した誰か(作中主体)が、私のドアの外側に今まさにペンキか何かで書き記しているのかもしれない。
それは、朧月夜に現れた幻なのでしょうか。
読み返していくうちに、現実と非現実とを超越するイマジネーションの力を感じてきます。

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