029:太鼓

[18375]なかはられいこさん

    ぼくたちはいろんなものを取りこぼし(((サルのシンバル(((ウサギの太鼓

「ウサギの太鼓」と聞いて、同時に思い出すのが「サルのシンバル」ですね。
「(((」という表記の仕方が興味深いです。
シンバルの形を表しているようにも、シンバルや太鼓の音の振動を表しているようにも見えます。
単調にけたたましく鳴り続ける音。
それは、「ぼくたち」が「いろいろなものを取りこぼ」しているときの音なのかもしれません。

 

[13772]佐原みつるさん

六月は何も停まらぬバス停で遠い太鼓が聞き取れなくて

私の「六月のバス停」は、水色のイメージ。
雨降りの午後を思い浮かべているのかもしれません。
「何も停まらぬ」とは、バスも人も、ということではないでしょうか。
犬や猫や鳥もそこにはいない(作中主体には見えない)のでしょう。
一向に来ないバスを待ちながら、ひとりきりでバス停に立っているとき。
遠くで太鼓らしき音が途切れ途切れに聞こえてくる。
私は作中主体を男子学生と想像して、一首に青春性を感じました。

 

[13448]ひぐらしひなつさん

炎天にうさぎの太鼓鳴りつづけ広告塔がぐらり傾く

この一首を読んだとき、広告塔と同じくらいの巨大な「うさぎのオモチャ」を思い浮かべ、 まるでアニメーションを見ている気持ちになりました。
巨大うさぎの持つ、巨大な太鼓。
見上げると背景には、邪悪なくらい燃えている太陽。
逆光になって姿が見えない、うさぎのシルエットはさぞかし恐ろしいことでしょう。
「炎天」「うさぎの太鼓」「広告塔」…
提示される単語のすべてが、結句の「ぐらり傾く」に必然的につながっていきます。
夏の日の、蜃気楼のような悪夢。

 

[23376]塩谷風月さん

姉さんとはぐれてしまった弟が太鼓を抱えて見る雪の夢

昔話の絵本に出てくるような物語。
仲の良い幼い姉弟を想像します。
太鼓をひしと抱えて眠る姿は愛らしい。
見ているのが「雪の夢」というのは、「弟」の孤独感や寂しさを表しているのでしょうか。
しんしんと降る雪に、眠る少年が埋もれていくような感覚を覚えます。
なぜ「太鼓」なのか。姉弟にとって重要なアイテムなのか。
弟はその後、姉と再会することはできるのか。
連作として、物語のはじめから結末まで読んでみたいです。

 

[6718]我妻俊樹さん

眠れないことと火星で鳴りやまぬ太鼓は無関係ですか先生

こんな質問をされて、さぞ先生は困惑しただろうなぁ。
自意識過剰な青春期の若者が主体のように感じます。
そもそも、「火星で太鼓が鳴っている」という発想が不条理で、思わず目が留まります。
ただ、どうしても火星でなければならない、という必然性が感じられなかったように思います。

<<                                      >>

001    011
002    012
003    013
004    014
005    015
006    016
007    017
008    018
009    019
010    020

021    031
022    032
023    033
024    034
025    035
026    036
027    037
028    038
029    039
030    040

041    051
042    052
043    053
044    054
045    055
046    056
047    057
048    058
049    059
050    060

061    071
062    072
063    073
064    074
065    075
066    076
067    077
068    078
069    079
070    080

081    091
082    092
083    093
084    094
085    095
086    096
087    097
088    098
089    099
090    100

back


© Umi Sato All Rights Reserved.