030:捨て台詞

[21379]青山みのりさん

捨て台詞のようにフェンスを軽々と越えてみえなくなった白球

「捨て台詞」を比喩として用いた一首。
捨て台詞を捨て台詞として使う場合、そこにウェットな感じを覚えるのですが、 この歌においては、カラッとした夏の光を思い浮かべました。
高校球児の日焼けした肌と、芝の緑色と、ボールの白色。
弧を描きながら、青い空を切り取っていく白球の軌跡を目で追う、球児たちの後姿を想像します。

 

[13859]田丸まひるさん

捨て台詞なんて必要ないくらいぶちまけられている鳩サブレ

「鳩サブレ」が持つ牧歌的な響きと、この緊迫した状況とのギャップがドラマチックで面白いです。
恋人同士のケンカの場面でしょうか。
「捨て台詞なんて必要ないくらい」、盛大にサブレが「ぶちまけられている」様子は、 一瞬、自分たちの姿を客観視させるような静寂をもたらしているのかもしれません。

 

[13773]佐原みつるさん

のみこんだ捨て台詞アルファベットに解体されてきらきらと散る

句またがりを用いて、しっかり三十一音に収められた一首。
「捨て台詞」と聞くと、どうしても負のイメージで捉えがちになるのですが、この歌では「きらきらと」綺麗に昇華しています。
言葉が身体の中で「アルファベットに解体される」という表現が、独創的で面白いです。
アルファベット単位でバラバラに解体されたということは、捨て台詞を吐こうとした気持ちもまた、 きちんと解体して「散る」ことができたのではないでしょうか。
こうして消えてくれるのではあれば、捨て台詞は飲み込んだほうがいいな、と思わせてくれます。

 

[12931]紅茶硝子さん

    捨て台詞みたいにしたくて「好きだよ」は発車のベルに合わせて言った。

映画のワンシーンのような一首。
いや、そうしたくて「演出」した、という可愛らしい恋の歌なのですね。
なぜ「捨て台詞」にしたかったのか。
それは告白の答えを聞くのが怖かったから。
その後の、ドキドキしたまま電車に揺られる(もしくはホームに立っている側かも) 作中主体の姿を想像して、こちらまで何だかときめいてしまいます。

 

[6021]五十嵐きよみさん

出来の違う双子みたいだ 捨て台詞(兄)、負け犬の遠吠え(弟)

「出来の違う」
この場合、兄の出来がよくて、弟は出来が悪いということでしょうか。
このお題では、どうしてもお題の持つ固定観念に引っ張られてしまう歌が多いように見えました。
しかしこの一首は、視点を変えて料理した、という感じ。
捨て台詞と負け犬の遠吠え…言われる側にとってはどっちもどっちと思うが、だからこそ「双子」なのか。
どちらも負のイメージが強いように思います。
捨て台詞は「吐く」ものだし。勝ち犬だって遠吠えするはず。
日本は「沈黙は金」の社会だから、去り際に何か意思表示することを潔しとしないのだろうか、などといろいろ考えさせられます。

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