046:練

[15280]田丸まひるさん

今日もまたみんなに愛されますように練り歯みがきの真ん中を押す

なんだかとても共感を覚えた一首。
「練り歯みがきの真ん中を押す」行為は、「今日もまたみんなに愛されますように」という 決意のような祈りを込めていたものなのですね。
普段の生活に埋もれている、何気ない行為や動作に向ける視線の細やかさが素晴らしいです。
そこに自分なりの真理を見い出す眼。
これからは、練り歯みがき粉のチューブをふいに真ん中から押したくなった(大体はいつもおしりのほうから押していくのに)ときは、 声に出してこの祈りの言葉を唱えるだろうと思います。

 

[2722]河村壽仁さん

この三句練りが足らぬと指摘され四谷の若葉で鯛焼きを食う

作者自身の実生活をかいま見たような気持ちになりました。
詠んでいることは日常の一コマに過ぎないのですが、どこか爽やかさを感じ、引きつけられました。
私がこの一首に感じた魅力は、漢字のイメージがお互いに影響を与え合っているところにあるのだと思います。
「練り」と「鯛焼き」、「四谷」と「鯛焼き」、「若葉」と「鯛焼き」…
ベクトルが鯛焼きに集中して、最終的に、その鯛焼きを食べる(「指摘」にもしかしてうなだれているかもしれない) 作者の姿を思い起こさせるのです。

 

[6804]萱野芙蓉さん

戻りこぬ愛犬を待つ顔をして練乳なしの苺食むひと

[7747]村田まゆ子さん

存在を忘れられても練乳にまみれてしまうイチゴよりまし

練乳繋がりで二首を紹介。
しかし、面白いことに、この二首では「練乳をかけた苺」に対する認識が異なっているようです。


[6804]
ここでは「練乳なしの苺」は、作中主体の物足りなさを表しているのだと思います。
愛犬がいない生活の物足りなさ。
もし帰ってこなかったらという不安や焦燥感。
作者にとって、「練乳をかけた苺」は、心に余裕があるときにこそ食べるものなのではないでしょうか。


[7747]
こちらは逆に、「練乳をかけた苺」には負のイメージがあるようです。
練乳にまみれた苺は、存在を忘れられたものの象徴。
「まみれて」「しまう」「〜よりまし」という言葉は、作中主体の練乳かけ苺に対する嫌悪すら感じさせます。
どろっとした練乳をかけられた苺は、もう決して、元の状態には戻らないのです。

 

[11055]芳井奏さん

練習曲(エチュード)を繰り返し弾く 雨粒に混じって音が降ってくる夜

前半は触覚、後半は聴覚を感じさせる一首。
(ピアノを?)弾く自分と、その音を感じている自分は一緒のはずなのに、どこか感覚が分かれているようでもあります。
時間差があるようにも感じます。
一文字空けがそう思わせているのでしょうか。
「雨粒に混じって音が降ってくる」という詩的な表現が美しいです。
雨粒が譜面の音符に連想されます。

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