053:墨

[21935]なかはられいこさん

記憶なら記憶のままで柿の木の薄墨いろの影を見ている

[15610]田丸まひるさん

傷ついたふりをするのが上手だね薄墨色の海ばかり見て

[8596]杉山理紀さん

ゆめのつづきと嘘のつづきは同じ場所 うす墨いろに逃がしてあげる

「薄墨色」で共通した三首を取り上げます。
灰色ではない「薄墨色」には、墨汁の匂いや色のむらなどが感覚として感じられると思います。


[21935]
ここでは、薄墨色なのは「柿の木の影」。
「記憶」と「柿」「木」、キの音の連なりが効果的に響いてきます。
初句二句は「柿の木の風景を記憶している」ということなのか、それとも、 ふいに生々しく甦ってしまいそうな記憶(思い出)に「記憶のままで仕舞われていてくれ」と言っているのか、 私は後者だと捉えたいです。
何かが引き金となり、心の奥に隠しておいた「記憶」に覆いつくされそうなとき、 作中主体の心理状態の象徴として、「柿の木の薄墨いろの影」がそこに浮かんでいるのではないでしょうか。


[15610]
この一首で薄墨色なのは、作中主体の目の前に広がっている「海」。
曇天の日の、人気のいない季節はずれの浜辺を思わせます。
そして隣には、「傷ついたふりをするのが上手」な人がいるのでしょう。
傷つけたふりをさせているのは、きっと作中主体自身。
「薄墨色の海」というのは、もしかして本物の海なのではなく、彼(彼女)の目に映る、 作中主体の姿を指しているのかもしれません。


[8596]
この歌の薄墨色は、具象化されていません。
「うす墨いろ」そのものにフォーカスが当てられています。
そこへ「逃がしてあげる」とは、一体どういうことなのでしょうか。
逃亡の先ということは、薄墨色のその場所は安心できる安全なところ。
そしてそここそ、「ゆめのつづき」と「嘘のつづき」の行くつく地点なのかもしれません。
だからと言って、夢と嘘が同義語ではないのです。
決して透明ではなく、けれど完全な黒色でもない「薄墨色」だからこそ、説得力のある歌になっていると思います。

 

[9191]みうらしんじさん

墨汁をこぼしたような顔をして同情を惹くためだけに泣く

「墨汁をこぼしたような顔」というたとえが面白い。
作中主体が泣いているのではなく、そのように泣いている誰かを見ているような感じがします。
もしくは、泣いている自分を客観的に見ている、もうひとりの自分か。
「墨汁をこぼしたような」というのは、どこかに誤って墨汁をおぼしてしまった様子を表しているのでしょうか。
私はそのまま、顔に墨汁を垂らした様子を第一に思い浮かべました。
そのほうがより、取り返しのつかないことをした感があるような。
「同情を惹くためだけに泣く」のは、物悲しいです。

 

[12283]高岡シュウさん

墨塗りの心、泥塗れの過去。 洗濯機はまだ故障している。

1フレーズごとに確かめるような言い放つような書き方が、印象的です。
「黒塗りの心」も「泥塗れの過去」も、故障している洗濯機も、自分にはどうしようもできないもの。
心や過去を洗い流そうとしても、洗濯機はうまく動いてくれない。
「まだ」故障している、ということは、以前からずっと故障していて、だからこそ、 作中主体は心も黒塗りのままだし、過去も泥塗れのままなのでしょう。
けれど、どこか悲しいだけでない感じを受けるのは、「まだ」だから。
この先、洗濯機が修理されて稼動する日が来ないとは言い切っていないためだと思います。

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