055:日記

[16167]村上きわみさん

ふるいふるい父の日記に咲いていた蓮(はちす)の花を盗んでしまう

美しい白昼夢のような歌。
「蓮の花」は、何かの象徴ではなく、実存の花として捉えたいです。
紙もインクもセピアに変色した日記が、埃をかぶった机の上で開かれている。
その日記の綴じ糸から、水をたっぷり吸ったような、見事な大振りの蓮の花がひとつ咲いている。
窓から差し込む午後の光が薄紅色の花びらを透かし、見る者は思わずそれに手を差しのべる。
今市子の描く線で見てみたい光景です。

 

[15662]田丸まひるさん

先生の日記を盗み見た日からパンジーは嫌いです さようなら

五七定型詩をつくっていて、「さようなら」が五音でよかったなと思うことがよくあります。
どこにおいても決まってくれる言葉(読み手に投げかける形になる)で、 ひらがなで表記すれば柔らかな視覚効果をもたらし、サ音の涼やかさが言葉の持つ意味(別れ)を逆に強化しているように思います。
この一首もまた、「さようなら」を効果的に詠み込んでいます。
「先生の日記」には一体、パンジーの何が記されていたのでしょうか。
「さようなら」と言ってしまうくらいに嫌いになる決定的な何かが。
この別れの言葉は、パンジーや先生、そして「先生の日記を盗み見た日」以前の自分自身に対して放たれているように感じます。

 

[8896]杉山理紀さん

あたらしい日記に続くその文字は誰にも読めない明日の基地だ

夏の日の光る草むらの真ん中、少年たちの秘密基地を連想しました。
「〜だ」という断定の潔さによって、読後の爽快感が喚起されます。
結句に続く文脈は読み切れないのですが、「明日」という言葉から希望を感じます。
この「あたらしい日記」の真っ白なページには、きっと明るい未来を書き込むことができるのではないか、 そんな予感を抱かせてくれます。

 

[2815]河村壽仁さん

(警察の捜査日誌より)
誠実なジキルの日記は部屋にあり銀行の秘密金庫にハイドのはあり

かの有名なふたり、ジキル博士とハイド氏の登場です。
善良で「誠実な」市民であったジキルは、一方では、恐ろしい殺人鬼ハイドの顔を持っていたというお話。
「警察の捜査日誌より」という枕詞が、一首の物語性を背後から強化しているように思います。
実際に、小説にこのような記述があったような気がしてきます。
二面性を持った男が、それぞれの人格で書いたという日記を、ぜひ読んでみたいものです。

 

[11222]鈴木貴彰さん

10日−雨−
上野できみと遇う。
( 余 白 )
日記読み返すだけの休日。

短歌を超えた表記、表現と言っていいのでしょうか。
私はとても面白いと思いました。
ただ、表記の面白さに目を引かれ、内容に入りにくかったようにも感じます。
どこまでが「10日」の日記なのか、(余白)は日記の余白なのか。
これは恋愛の、多分片想いの歌なのですね。
休日なのに「きみ」に会いに行くことはできなくて、日記を読み返す。
日記に登場する「きみ」という文字ばかりに目が留まってしまう。
いつ会えたのか、どんな言葉を交わしたのかを思い出しながら。
そんな休日は、やっぱり雨が降っているのかもしれません。

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