056:磨

「磨く」という行為に、人はどこか狂気を感じるのでしょうか。
まるで際限がないかのように、孤独を背に、何かを磨き続ける。
そんな短歌に惹かれました。

[21725]加藤苑三さん

丹念にユニットバスを磨き上げ正気にもどるのを待つ真夜中

「丹念にユニットバスを磨き上げ」る行動は、確かに「正気」ではないのかもしれません。
この歌に漂う孤独感はどこから来ているのでしょうか。
真夜中にひとりでユニットバスを一心に磨き続ける、その背中。
作中主体にとってバスを磨くことは、大げさに言えば、人生を生きていく上で必要な儀式なのです。
(江國香織の短編小説にある、葱を一心に刻む女性の話を思い出しました。)
バスルームから出てきた彼女(多分、女性主体)に、暖かいミルクティーを淹れてあげたい、そんな気持ちになる一首です。

 

[15777]田丸まひるさん

ひからびた鱗粉みたい 研磨剤まみれの指が膝をくすぐる

ざらざらとした指の感触を、読み手の膝にも感じさせる一首です。
最初、自分の指で自分の膝をくすぐっているのかと思ったのですが、そうではなく、相聞歌なのですね。
ミニシアター系の良質な邦画を観ているような気持ちになります。
「研磨剤」=「ひからびた鱗粉」なのでしょう。
エロチックな要素を表には出さず背景にしのばせる、言葉のセンスが効いています。

 

[7757]村田まゆ子さん

親指の爪まで磨き終わるころ鱗はそっと結晶になる

「鱗」とは「爪」のことでしょうか。
爪が鱗へ、鱗が結晶へと透明度を増して変化していく様子は、とても美しい情景です。
「そっと」の一語が効果的だと思います。
作中主体の爪磨きは、小指から始まって親指で終わるのでしょう。
自分の爪だけを見つめる時間そのものが、結晶のきらめきなのかもしれません。

 

[10183]五十嵐きよみさん

どうしてもたどり着けないひとことがありいつまでもシンクを磨く

シンクを一心に磨きながら、考えているのはある一言。
「どうしてもたどり着けないひとこと」とは、誰の一言なのでしょうか。
誰かに伝えたいのに言い出せない、作中主体自身の一言なのか。
それとも、誰かの口から聞きたい一言なのか。
シンクを磨いている姿は、手先だけでなく、体全体を使って磨いているように想像します。
数ミリずつ、シンクが磨り減っていく気がするくらい。

 

[12332]水須ゆき子さん

生きるとは汚しゆくことひたすらに紫陽花色の靴を磨きぬ

「生きるとは汚しゆくこと」
これは、「紫陽花色の靴」が歩いているうちに汚れてしまう、ということだけを表しているのでしょうか。
もっと意味を深く取ってしまいます。
人は生きていく上で、誰かを何かを汚したり傷つけたりするものなのだ、とか。
そう思うと、なんだか悲しくつらくなります。
しかし、「紫陽花色の靴」に救いのような明るさや希望を感じました。
紫陽花色は、明るく、あたたかく淡いイメージ。

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