057:表情

[21939]なかはられいこさん

またそんな表情をする錠剤がぐずぐず水に溶けてくような

比喩が巧みですね。
「ぐずぐず」という形容詞も効いています。
平べったい白い錠剤が、グラスの中で崩れていく様子(風邪薬のコマーシャルで見たような)が目に浮かびます。
それを「表情」の比喩とする着眼点が独創的です。
この修飾は、相手の「表情」だけでなく、作中主体自身の「心理状況」にもかかっていると思います。

 

[12384]水須ゆき子さん

うっすらと死者の表情 三回忌過ぎてようやく止まる時計の

誰かの三回忌が過ぎたある日、時計の電池が切れて止まっていたのに気づいた― もしかしたら、その亡くなった方からもらった時計だったのかもしれません。
「死者の表情」で読み手はドキッとします。
誰が、何が、と読み進めていくと、最後に「時計の」。
ここで初めて、「ああ、時計が止まったのだな」と知ります。
三回忌を過ぎて収まってきた悲しみの波が、時計の電池が切れるという事態によって、 ふいに甦ってきたような感覚を覚えているのだと思います。

 

[724]花笠海月さん

七人のいとこら七つの表情で写真にをさまる晩春のいちまい

完成度の高い一首だと思います。
小津安二郎監督の映画を思い出しました。
結句「晩春のいちまい」によって、きれいに物語が枠で囲まれたような印象を受けました。
2音の字余りはどうしてもリズムが悪くなってしまうのですが(もしくは「晩春」と書いて「はる」と読んだほうがいいのかも)、 ここはやはり「晩春」でなくてはならないのでしょう。
「七人のいとこら」が七人全員集まって、一枚の写真におさまる日は、もしかしてもう訪れないのではないか、 そんな予感を抱かせる言葉になっています。

 

[11224]鈴木貴彰さん

一身に雨受けとめる表情で駆け出す君よ遠景となれ

プラットホームを行く人々の足を止める、一枚のポスターのような一首。
作中主体も、目の前の情景をそのようなポスターにしたい(写真に撮りたい)のかもしれません。
「君」の駆け出す姿を「遠景」としたいという。
作中主体は自らも「君」と一緒に走るのではなく、鑑賞者であろうとしているのでしょうか。
雨が自分一人のみに降り注ぐという感覚(=「一身に雨受けとめる」)は、疾走する青春性を表現していると思います。

 

[9145]唐津いづみさん

華やいだ肉食獣の表情で生牡蠣すするあたしをみるな

牡蠣が好き。生牡蠣もフライも煮たのも。
なので、この一首にはドキリとさせられました。
生牡蠣をすする表情は、「華やいだ肉食獣」のそれだったなんて。
とても適切な比喩だと思いました。
牡蠣の触感の生々しさや、しっとりとした滑らかさを思い起こします。
ただ、「華やいだ肉食獣の表情で」生牡蠣をすする、なのか、「華やいだ肉食獣の表情で」見るな、なのかがわかりにくいように思います。
私は前者で取ったのですが。

<<                                      >>

001    011
002    012
003    013
004    014
005    015
006    016
007    017
008    018
009    019
010    020

021    031
022    032
023    033
024    034
025    035
026    036
027    037
028    038
029    039
030    040

041    051
042    052
043    053
044    054
045    055
046    056
047    057
048    058
049    059
050    060

061    071
062    072
063    073
064    074
065    075
066    076
067    077
068    078
069    079
070    080

081    091
082    092
083    093
084    094
085    095
086    096
087    097
088    098
089    099
090    100

back


© Umi Sato All Rights Reserved.