058:八

[16170]村上きわみさん

八日目に墓石を倒し十日目に骨を砕いて食べてあげよう

うわー、怖い。八墓村(横溝正史)なみに怖い。
音数を合わせるために、「八日目」と「十日目」に設定したのだと思いますが、 墓石を倒してから骨を砕いて食べるまでの間に一日空いているがなおさら怖いです。
確か、このような怪談話がありますよね。
怪談では「その恐ろしい情景の目撃者」が主体となって話が進むのですが、 この一首では「骨を食べてしまう者(生霊?妖怪?)」が主体になっています。
「食べてあげる」という上位からの言い方が、主体に不思議な魅力を与えているように思います。

 

[10245]紫峯さん

八階の我がオフィスの西の窓今まっすぐに夕陽に届

「まっすぐに夕陽に届く」まさにその瞬間を切り取ったような歌。
日が沈む時間帯も仕事をし続けている人たち。
美しい夕陽とオフィスは、それぞれまったくの異空間にいるようです。
けれど作中主体は、そんなオフィスにいて、夕陽を見る「眼差し」を持っているのです。
その眼差しこそ、「まっすぐ」なのではないでしょうか。
ただ、お題が「八」だったので当然「八階」になったのですが、もう少し、 「八階」であることの必然性が感じられたらとも思いました。

 

[21642]紅茶さん

永遠の少女になってイチゴ入り生八つ橋のように生きてく。

「イチゴ入り生八つ橋」という比喩の妙。
薄いピンク色の生八つ橋…その手触りや味や匂いを思い浮かべながら読みました。
作者はそこに「永遠の少女」性を見つけたのです。
しかし、永遠に少女でいることも、「イチゴ入り生八つ橋のように生きてく」ことも 不可能であることを作者はちゃんと知っているのでしょう。
乾燥八つ橋でだって、人生を生きていくことは難しいのです。

 

[12530]芳井奏さん

水玉が今にも零れ落ちそうで八角形の傘を広げる

何気ないものが、言葉を少し言い換えるだけで、何かもっと特別なもののように感じてくる。
そんなことを考えた一首です。
「今にも零れ落ちそう」な水玉とは、いわゆる雨のこと。
水玉という単語が持つ可愛らしさが一首全体を包んでいるようです。
そして、水玉のイメージは傘の模様に繋がっていきます。
ただの傘ではなく、「八角形の」を付けたことによって、より鮮明に傘の存在を感じさせます。

 

[10328]廣西昌也さん

子供らにわかるはずない動機です八丈島にキョンを見にゆく

ここで言う「子供ら」は、何歳までを指しているのでしょうか。
山上たつひこの『がきデカ』
『喜劇新思想大系』を読んだことのある24歳の私は、この動機をわかっていいのですね?
キョンって、何か珍獣の名前のように思えますね。

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