077:坩堝

[21327]ひぐらしひなつさん

十月を終わらせるため鳩尾に坩堝を抱いて歩きつづける

作中主体にとって、「十月」はどんな月だったのでしょうか。
自らのみぞおちに坩堝を抱えて、どこかへと歩き続ける姿に、言い知れぬ悲壮感を感じます。
まるで、どこまで行ったとしても、彼(彼女)の「十月」は終わらないような気がしてきます。
「鳩尾」と「坩堝」という熟語が並ぶことによって、それぞれの意味する 「みぞおち」「るつぼ」以外のイメージが付加されていると思います。

 

[20708]杉森多佳子さん

頭上ゆく鳥の群ふいに乱れ散る空の坩堝に羽根をこぼして

空を坩堝に見立てて、その坩堝の底へ向かうように、鳥の羽が散らばっていく。
まるで地面が空に、空が地面になったかのように、重力を引っくり返す視点が特徴的な一首です。
初句で「頭上」という言葉が出てきたことによって、読み手の意識もはじめ上空に向き、 その後の重力の逆転をさらに印象深くする効果を生んでいます。
ただ、初句「頭上ゆく」と二句目「鳥の群ふいに」で、「を」「は・が」といった 助詞抜きが重なったところでリズムが悪くなってしまったように思いました。

 

[19097]長谷川と茂古さん

退屈を坩堝に入れて眺めをりそつと息を吐くペンギンの憂鬱

水族館で飼われているペンギンでしょうか。
ペンギンがため息をついている様子を想像するとおかしくて可愛くて。
ここで言う「坩堝」はきっと目に見えないものなのでしょうが、水族館のペンギンのコーナーに 一個の坩堝がごろんと転がっている風景も面白いですね。
「ペンギンの憂鬱」というタイトルで、何かお話がつくられそうです。

 

[18479]杉山理紀さん

空港はきらめく坩堝さみしいと告げず行き交う流星の下

坩堝を「空港」の比喩として用いたこの一首は、このお題の中で私がもっとも強く惹かれた歌です。
ここには、詩的でセンシティブな時間が流れています。
空港や滑走路のネオンを「きらめく坩堝」だと表現しているのでしょう。
飛行機の窓(上空)から見下ろしているような視点です。
地上の空港の中では、「さみしい」と言い合うことのできない人々が向かい合っている。
「きらめく」と「流星」という語が響き合って、一首の切なさを引き立てています。

 

[11559]五十嵐きよみさん

耐性に欠ける坩堝のようだった夏、ひび割れた感情、その他

熱に耐えることができずにひび割れてしまった磁器製の坩堝が、真夏の草原に転がっている様子を想像しました。
そして、それをじっと立ったまま眺めている作中主体。
その坩堝こそが、自分自身を投影したものだったのですね。
ひび割れてしまった感情というのは、なんて悲しい表現だろう。
「、その他」からは、どこかそんな自分を客観的に冷ややかに見つめようとしている姿が感じられます。
しかし同時に、言葉では簡単に言い表すことができない痛みが、最後の一語に込められているようにも思いました。

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