082:軟

[26134]紅茶硝子さん

男性の、鶏軟骨を噛むときの顎の動きが好きだと思う。

とくに意識したことはなかったけれど、うん、私も確かに好きだと思う、その顎の動き。
と、大いに賛同した一首です。
ここは「鶏軟骨」でなくてはいけませんね。
一瞬、その軟骨が自分(作中主体側)のものであるような錯覚を覚えるのかもしれません。
初句の後にあえて句点を置いたことにより、「男性」が強調され、作中主体のじっと見つめる視線が想像されます。

 

[21188]春村蓬さん

&&&&& 体育座りできたわね次は柔軟はい! ΩΩΩΩΩ

ああ、びっくりしました。
ずらーっと投稿歌が並ぶマラソン会場では、このような遊び心のある歌は読者の目を強く引きつけますね。
言われてみれば、確かに段々と「体育座り」と「柔軟(体操)」している姿に見えてきます。
「次は柔軟はい!」と、まるで学校の体育教師が笛を吹きながら掛け声をかけているような台詞に、 思わずこちらも「はい!」と答えて前屈などしてしまいそうになりました。
こうした表記記号を巧く使用するにはセンスが必要で、今回の歌の場合、音数(?)を計算した上で、 きちんと人数(?)が前後で同じ5人になっているところがよかったと思います。

 

[14703] 大辻隆弘さん

軟球の裂けたる皮のつやつやが白い、九月の雨に濡れたら

映像が頭の中に鮮やかに浮かび上がってきました。
「軟球」の皮の裂け目に官能性を見出した歌だと思います。
言葉の並べ方に個性が見られます。
例えば、「つやつやが白い」の主語と述語の関係。
普通であれば、「つやつやしていて、白い」というところであるはずですが、 文章に捻れを生むことによって、一首の世界観に奥行きを出していると思います。
「九月」という設定も効いていますね。

 

[11620]福田睦美さん

軟らかな水につつまれわたくしはゼリーのなかの桃になるらし

桃ゼリー。 瑞々しくて甘くて、少し頼りなげで―ここは「桃」でなくてはならないのです。
ゼリーと「軟らかな水」との連想がいいですね。
読み手の耳と心へするりと入り込んでくる自然さが、この歌の魅力だと思います。
それは、視覚的イメージの明確さと定型の安定感からもたらされるものでしょう。
結句の締めも決まっています。

 

[13211]こはくさん

もう二度と口にできない人の名を軟口蓋のくぼみに隠す

「もう二度と名を口にできない人」とは、別れた恋人のことでしょうか。
名前を口にするだけで胸が苦しくなってしまう。
それはまだ、別れを自分自身の中で受け入れることができないから。
そのような物語を想像します。
「軟口蓋のくぼみ」がとても生々しく感じられます。
また、「隠す」という動詞だと、思わず口にしそうになったのをとっさに引っ込める、というよりも、もっと思惟的なのかなと思いました。
名前をつぶやくことさえできないなんて、なんて切ないのでしょう。

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