086:チョーク

[26231]紅茶硝子さん

漠然と黄色のチョークは「重要」と思い込んでた頃の重要。

黒板に黄色のチョークで書かれた部分は、「重要」であるという印。
学校でずっとそう教え込まれてきて、それは「漠然」とした「思い込み」になっていた―
私自身、本当に「重要」なのかそうでないのかも考えずに、ノートに書き写していたように思います。
その頃の「重要」と、今の自分の感じる「重要」とでは、まったく別のベクトルであることに気づいたとき、 どこかアンニュイなノスタルジーを感じました。
無理のない言葉の連なりで核心をついている、こういう紅茶さんの歌が好きです。

 

[21346]村上きわみさん

遺言はチョークで書いておいたから消えないうちに読んでおくこと

スタイリッシュで格好いい歌ですね。
「チョークで書かれた遺言」、私はアスファルトの路上を想像しました。
まるで、子どもたちが遊んだ後に残された「ケンケンパア」と同じくらいの重要度(の薄さ)であるかのような遺書。
「消える」という表現は、歩行者が何も気づかずにその上を踏んでいってしまうことを指しているように感じました。
そんな危うい遺言を、「早めに読んでおくように」と誰かに言い渡しているのです。
現実世界をベースとした歌なのか、それとも幻想の世界なのか―その隙間に入り込んだような一首になっています。

 

[20822]丸山進さん

チョークから花でも蝶でも飛び出した花粉まみれの青春だった

チョークの粉を「花粉」と見立てたのでしょうか。
白色や黄色、たまの桃色や青色のチョークの粉。
そんな「花粉」が、学校の黒板の縁に溜まっているのを、作中主体も見てきたのでしょう。
チョークで黒板に、実際に「花でも蝶でも」描き出したのではなく、 青春時代の華やかさと儚さの象徴として詠んでいるのだと思います。
「花粉まみれ」で皮膚呼吸すらままならない、それでもやっぱり幸福な時間だったのだなぁと。

 

[20983]キタダヒロヒコさん

ジーンズはけふもチョークによごれつつ詩を語るなりキタダヒロヒコ

キタダさんの本当の日常の場面なのでしょうか。
結句にキタダさんのお名前があてはめられて初めて成り立つような、そんな一首に感じます。
「ジーンズ」「チョーク」「キタダヒロヒコ」
初句と結句と真ん中にカタカナ表記が配置されたのが、目で見るときのリズム感につながっています。
もし真実ではないとしても、キタダさんには、チョークの白い粉をジーンズではたきながら詩を語っていただきたいなと思いました。

 

[15709]大辻隆弘さん

チョーク箱のなかにチョークの数本がかろらかに鳴り秋ははじまる

一読して、情景が鮮やかに喚起されます。
それは、視覚的にだけでなく、聴覚(チョーク箱の中から聞こえる「かろらか」な音)からも。
「かろやか」がひらがな表記であることが、「軽やか」という意味と、 チョークがぶつかり合う音そのもののようにも感じられて面白いです。
結句「秋ははじまる」によって、一首全体のイメージがノスタルジックな世界に引き寄せられるようです。
ただ、「秋は」が「秋が」のほうが、個人的に好みかなと思いました。

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