089:歩

[23177]氏橋奈津子さん

吐く息が街いちばんに白くなる歩道橋から電話をかける

何となく、よしもとばななの小説の世界を思い出しました。
「歩道橋」の一語が、一首の詩性を強化しているように感じます。
個人的には、ここで言う「電話」は携帯電話ではなく、公衆電話であってほしいです。
歩道橋を渡った向こう端にある電話ボックス。
この季節、電話ボックスのガラスには小さな霜が張り付いているかもしれません。
フォーカスは作中主体の心情ではなく、この情景そのものに合わせているように思いました。
カメラで俯瞰撮影して切り取りたい美しい冬のはじめの朝です。

 

[22789]ひぐらしひなつさん

三月の膝ひからせて駅前の横断歩道をわたりはじめる

「三月の膝」というフレーズが素敵ですね。
月と身体の一部をともに提示しているという点で、同じ作者の
>十月を終わらせるため鳩尾に坩堝を抱いて歩きつづける
 (077:坩堝)
の歌を思い出しました。
どちらの歌も、作中主体は歩いていますね。
今回の歌では、作中主体を「半ズボンを穿いた少年」と読みました。
まだ街に寒い風も吹いている三月に、膝小僧を出して歩いている少年。
少年性の表れとして膝が光り、その輝きは「横断歩道」を渡りきった後、失われているのかもしれません。
「横断歩道」を、少年時代との決別を象徴する装置だと捉えました。

 

[21754]石川美南さん

歩行中の皆様に告ぐ。我々はすべからく秋を褒め称ふべし

石川さんの歌には、こうした手触りが硬いのに豊かなユーモア性を持った歌というのがあって、私はとても好きです。
ここでは第三句目からが、「歩行中の皆様に」告げた台詞なのでしょう。
主張は、「秋を褒め称えるべきだ」ということ。
その荒唐無稽さと言葉の堅固さが相まって、一首独特の雰囲気を作っています。
前半の「皆様」の丁寧さと、後半の「我々は〜べし」と上の立場から言っているときの温度差が、さらに面白さになっていると思います。

 

[19326]田丸まひるさん

ゆるぎなく甘やかされていることを信じて歩み続ける晩夏

「ゆるぎなく甘やかされている」と言い切ることは、ある意味、覚悟と勇気が必要なことなのかもしれません。
作中主体はそれを信じて、この日、歩み続けているのです。
多分、自分を取り巻く人々の顔を順々に思い出しながら。
「晩夏」という季節設定が、作中主体は実際には「ゆるぎなく甘やかされて」いないのではないか、 という影を示唆しているように思います。

 

[18791]阿部定一郎さん

近代のくらくかがやく夢だけを乱歩が持っていってしまった

江戸川乱歩の世界は、「近代のくらくかがやく夢」という言葉のイメージよりも、より退廃的で倒錯的で蠱惑的なようにも思いますが、 そうした乱歩作品の持つ匂いや時代性を瞬時に思い起こさせてくれる一首です。
乱歩作品をちゃんと読んだことがない私にも。
それを乱歩は自身の死とともに持っていってしまったのですね。
そして私たちは、彼が残してくれた「くらくかがやく夢」の欠片を読むことしか許されていないのかもしれません。

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