092:家族

[26191]星川郁乃さん

家族には家族の孤独ひとりにはひとりの孤独 遠いサイレン

結句が効いていますね。
それまでの抽象的な文脈を、日常生活の情景にうまく流し込んでいると思います。
読み手の頭の中でも「遠いサイレン」が響き出します。
私は、「遠いサイレン」は不安感の象徴だと捉えました。
遠くで起きている危険は、もしかしたら次の日にでも、自分たち(自分自身や家族)にも起こりうるのだ、 と警告しているサイレンに思えました。

 

[24292]西橋美保さん

むかし子供とうたつた歌は風に揺れバナナの家族はにこにこ家族

私も幼少時代、よく歌っていました、バナナの家族の歌。
当時、我が家には『おかあさんといっしょ』(にこにこぷん期)のレコードがあって、 他に、もしも僕の頭にチョンマゲがあったらの歌だとか、パジャマの早着替えの歌だとかが収録されていたのを覚えています。
下のきょうだいと一緒になって歌いながら、何度も聴いていました。
第三句目「風に揺れ」は、記憶の中の歌声と、木になっているバナナの房、 そして「子供」と過ごした時間そのものにもつながっているように思います。
現在の家族の形は違うのかもしれません。
けれど「むかし」は確かに、作中主体の家族は「にこにこ家族」だった、と思い起こしているシーンではないでしょうか。

 

[20320]田丸まひるさん

くしゃくしゃの紙を広げたしわしわの紙に書き出す家族計画

「くしゃくしゃ」「しわしわ」と擬態語が重なっているところが面白い一首です。
くしゃくしゃにした紙は、いくら広げてさすって伸ばしたとしても、しわしわのまま。
作中主体にとって、「家族計画」とはこのような紙にこそ書くべき(書くしかない)ものなのでしょう。
当然ながら、家族は複数人でなければ成立しないけれど、この歌からは、 ひとりきりで黙々と「家族計画」を書き出しているような、孤独感と静寂を感じました。

 

[16725]中村成志さん

すずらんの花がたわわに咲いていた家族のように(かぞくのように)

ぱっと情景が目に浮かぶ一首。
すずらんの愛らしいイメージや「たわわ」という表現から、作中主体にとって、「家族」は幸福の象徴なのだと思います。
けれど、どこか不安な気持ちを覚えるのは、「咲いていた」と過去形になっているからでしょう。
過去のある時期は確かに幸せな家族であったが、現在は違う―のかもしれません。
下句、「かぞくのように」を繰り返す音が、「すずらんの花」が風に揺れている音のように感じられました。

 

[17068]森妙子さん

スリツパは思い思いに脱がれたり楕円の中に家族は在りぬ

家族というお題の難しさは、詠み手の「家族に対する距離の取り方」が短歌に如実に反映されてしまうところにあるのでしょう。
どこか現実感から浮遊しているようなイメージの歌が多い中、この一首は、実際の家族のありようをうまく切り抜いていると思います。
それは、「思い思いに」バラバラに脱がれたスリッパと、それでいて一定の空間の中にともにいるという感覚のバランス。
正確で厳格な「円」ではなく、緩やかな「楕円」を選択したことに、この家族の安らかさが表れているようです。

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