097:曖昧

[23889]石川美南さん

山道のなかほどを今うす目して曖昧様がお通りになる

曖昧様!
この発想の斬新さとユーモアが素晴らしいですね。
吉田戦車のマンガ『くすぐり様』や、ラーメンズのコント『お時間様』を連想させます。
「山道」という舞台設定から、どこか日本昔話の雰囲気も醸し出しています。
曖昧様がお通りになった様子を見てしまった、ふもとの村の男の語る話のような。
「なかほど」と「うす目」が、「曖昧」さを象徴しています。

 

[23769]村上きわみさん

輪郭を曖昧にして待っている川のほとりで足を濡らして

切ない童話の一場面のような一首。
主人公の少女(少年かな?もしかしたらキツネのような動物かもしれない)は、川のほとりに座って、足を水に浸している。
誰か大切な友達を待って、日が暮れるまでずっと。
けれどきっとその友達は来ないだろうな、と想像したりしていました。
「もしかして再会の約束は果たされないのかもしれない」と不安に思っている主人公の気持ちが、輪郭を曖昧にしているのでしょう。
ここでいう輪郭は、主人公自身の身体、もしくは濡れている足の輪郭だと捉えました。

 

[21816]佐原みつるさん

しごく曖昧に言うなら夏の夜のくじらの尻尾を掴めないこと

ゴスペラーズの『八月の鯨』という曲を思い出しました。
または、ヘミングウェイの『白鯨』を。
「夏の夜のくじら」とは、作中主体にとって何の象徴なのか。
また、その「尻尾を掴むこと/掴めないこと」はどんなことを意味するものなのか。
一首全体が「曖昧」で柔らかなヴェールで覆われているようです。
「くじらの尻尾」までもが、ほわほわと曖昧な感触に感じられるのかもしれません。

 

[14236]我妻俊樹さん

こわれてたミシンは夏の庭先を曖昧に縫う てくびのように

結句「てくびのように」に衝撃を受けました。
「夏の庭先を縫う」という表現は、庭での夏の思い出を日常生活とは区切っておくことを意味していると読みました。
しかし、ミシンは壊れていて、縫い目は「曖昧に」なってしまった。
ただ、初句「こわれてた」は「壊れていた」の「い抜き」になっている分、口調が幼稚になっている印象がありますが、 あえてその幼さを強調するためのひらがな表記なのだと思います。

 

[16745]中村成志さん

曖昧な速度で人が落ちてくる影の向こうに春があります

「人が落ちてくる」というのは、投身自殺の現場、ということでしょうか。
その不吉さと「春」の語が持つイメージのギャップに心引かれました。
実際に人ひとりが落ちる速度とは、「曖昧」なものなのかもしれないな、と思いました。
それを目撃する人ではなく、落ちている本人にとっては。
想像するだけで私は身がすくんでしまいます。
「影の向こうに」という言葉も不吉であり、日常と非日常の境界を表しているように感じました。

<<                                      >>

001    011
002    012
003    013
004    014
005    015
006    016
007    017
008    018
009    019
010    020

021    031
022    032
023    033
024    034
025    035
026    036
027    037
028    038
029    039
030    040

041    051
042    052
043    053
044    054
045    055
046    056
047    057
048    058
049    059
050    060

061    071
062    072
063    073
064    074
065    075
066    076
067    077
068    078
069    079
070    080

081    091
082    092
083    093
084    094
085    095
086    096
087    097
088    098
089    099
090    100

back


© Umi Sato All Rights Reserved.