岸谷潤子作品(平成29年度)

想い出の欠片はひかり 夏空を見上げて君は過去に乗り降り

【評】
夏の日差しが眩しい相聞歌。
「君」とは恋人のことだろう。
隣にいる恋人は青空を見上げて、何やら感慨にふけっている。
きっと自分と出会う以前の夏の思い出を反芻しているのだ。
それを「過去に乗り降り」と表現したところに、作者の感性のきらめきを見た。
その横顔を見つめるしかない作中主体を思う。

 

日傘から見え隠れするうなじには行く夏の影 ぐらじおらす

【評】
女性の後ろ姿であろう。
うなじにかかる影は、日傘のレース模様とも、透かして届く街路樹の葉陰とも想像できる。
それを「夏の影」と抽象的に表現したところが、歌に奥行きを生んだ。
結句「ぐらじおらす」は、ひらがな表記の選択と字足らずの効果とが相まって、なにやら呪文めいて聞こえてくる。

 

牡丹雪の舞い散る景色を見つめおり我はゆらぎぬ季節の淵に
                   牡丹雪(ルビ:ぼたゆき)

【評】
深い静けさの漂う一首となった。
冬の終わりと春の始まりという時期を「季節の淵」と表し、その際(きわ)に作中主体は立ち、なおかつ揺らいでいるという。
どこか危うげな心境を思わせる。
はらはらと牡丹雪の舞う美しい情景との対比により、さらに孤独感が高まるように感じた。


 


岸谷(きしや)潤子自選三十五首

「ごめんね」と母はしずかに微笑んで名作映画のような 初夢

愛情を誰に渡して往くのかと思う間もなく子育てを終え

ふきのとう今年も同じ場所に咲く春を迎えて何を残さん

暮れ泥む田を後にしたハクチョウを見上げる空に星は瞬く

夕暮れの陰をのみこむ池の端はひとひの余韻をしずかに浮かべ
                   端(ルビ:は)

ふるさとの景色と方言の懐かしさ 連続ドラマを朝の日課に
                   方言(ルビ:ことば)

雲間より遠く青空あらわれれば桜前線見える気がせり

花びらの落ちる合間に生まれゆく数多のいのち旅の始まり

盛りつけも器も真似て用意した筍ご飯は母の日の味

手のひらに刻まれた相みつめおり名もなき花は水無月生まれ

五十路なるこころとからだによりそえば折れ線グラフは放物線に

短めの手足が愛しいこの頃のいそいそとゆくサマーバーゲン

はじめての仏語辞典をめくる手の優雅な仕草は女優のように

窓越しにぼんやり映る通り雨 ドアをキャランと君があらわる

新幹線のホームは雨の匂いがし静かに消える遊びの余韻

陰陽の法則なれば傲慢な人との縁も自然なること
                   縁(ルビ:えにし)

自分軸ゆらいで向かう真ん中へ 台風の目の中心は晴れ

七夕の満天の星見上げれば長き旅路は一瞬の夢

尺玉がドン!パとひらく夏の夜の浴衣の帯にひまわりの咲く

かもめ舞うドライブルート ふたりして磨いた愛車もきょうで見おさめ

想い出の欠片はひかり 夏空を見上げて君は過去に乗り降り

朝露のまきばの丘は煌めいて麦わらぼうしの吾子が駆け出す

遠き日のわからぬままの忘れもの想いあぐねた夏の夕暮れ

日傘から見え隠れするうなじには行く夏の影 ぐらじおらす

前世に残した課題知らねども出逢うべくして運命の人
                   前世(ルビ:ぜんせい)

秋分の陽射しはすべてを通過してあまたの願いは光になりき

庭園に幽かな響き磐の奥 水琴窟に耳を澄ましぬ

パチパチと弾ける音は浅炒りの生豆は躍る珈琲焙煎

灰色の水平線にひかりさす 冬の浜辺に海鳥のゆく

ふうわりと湯気たちのぼる土鍋にはブイヤベースの深い味わい

真冬日のカーテンの端に目をやればしいんと響く粉雪の降る

風邪ひきの身体の痛みの貼り付けばぐずらもずらと夜の更け行く

待ちわびる人々の頬あかあかと初日の染める 波の言祝ぐ

新年の宵 叢雲かすむ煌きの心の浄むスーパームーン
                   煌き(ルビ:かがやき)

牡丹雪の舞い散る景色を見つめおり我はゆらぎぬ季節の淵に

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