堀恵作品(平成29年度)

書き出しで川とおもえる小説の水はわたしを魚に変える

【評】
何とも不思議な入り方の歌である。
小説の冒頭に水の描写があったのだろう。
作中主体はそれを「川」だと、なぜか確信している。
読者(作中主体)と文章との間に、目に見えない交歓があるようだ。
小説への愛着を感じる。
下の句では、ひとが物語の世界へと没頭していく瞬間がうまく表されている。

 

すこやかに季節を迎えてきたのだろう朴の版木の木目涼しく
                   季節(ルビ:とき)

【評】
下の句まで読んで初めて、歌意のわかる一首。
朴の版木の木目の美しさに目をやり、そこから、幾十年幾百年もの時間の重さと、朴の樹が健やかに枝葉を伸ばしていった姿に思いを馳せている。
日本文化に根ざしたアニミズム的感性を感じる。
「すこやかに」「涼しく」といった修飾語の選び方に力量を見た。

 

床下に収納庫という埋葬の場所をもちたりジャムの空き瓶

【評】
「埋葬の場所」という比喩が言い得て妙。
ジャムの瓶には愛らしいものもあり、いつか何かに使おうと寄せておくのだが、一旦床下の収納庫に仕舞ってしまうと、なかなか再利用の機会は巡ってこないものだ。
暗く涼しい閉所である点と、安息の場所であるという点とで、この比喩はまさに適切であろう。


 


堀恵自選二十首

海底で鰈のように眠りたし干されしシーツのはためく四月

雨の日に巡る無人の展示室絵に住むひとは視線合わせず

夕焼けのひかりを留める窓枠に性のようなる小さき錠

長雨のあがりし朝は家々も泳いだあとのような清しさ

川下る稚魚のようなる乗客は改札口より街に放たる

ひと群れのイヌ麦の茎あおあおと空き地を叩く雨脚となり

胸反らすたびに見上げた空淡し八月のラジオ体操第一

街角にひっそり画材の店があり昔も今もひとは絵を描く

触覚というセンサーもちて夏の日に巻き髭宙に漕ぎだす胡瓜

雨傘にプリントされた向日葵がわたしに光と空を届ける

書き出しで川とおもえる小説の水はわたしを魚に変える

枕元開いたページの手摺から手が滑ったら眠りの深み

これからも街の暮らしは続くよと光を散らし流れる運河

すこやかに季節を迎えてきたのだろう朴の版木の木目涼しく

放たれて身をたわませて進みゆく水は魚の魂だろう

秋の日の墓地をわれより先にゆくとんぼは風の案内びとか

夕暮れに白き危うさゆらゆらと溶けて豆腐の味噌汁となる

ゆるやかな坂ゆくバスは遠い日を連れ去るような後ろ姿で

足裏にあたる舗石の声を聞き駅まで歩く冬晴れの日に

床下に収納庫という埋葬の場所をもちたりジャムの空き瓶

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