ぬるん

母親の寝顔に浮かぶ花押あり市民病院外科西病棟

末期癌 もう何もかも遠のいて泥んこのまますがりつきたし

大腸になめくじのごと肝臓にいくつもの紫陽花のごと、癌

絡み合うなめくじぬるんと固まりて巣くいたる母の滑らかな腹

たまりゆく洗濯物を見下ろして脱衣場ここは真暗い波間

鰓という鰓から垂れる冬の水ああ兄も妹も弟も

お父さんが胸に静かな水鳥を棲まわせており 茶碗を洗う

暖房をつけない部屋に丸まりて泣けばおそろし藪野の匂い

仄白くやわい魂おかあさんここにいてこのあたたかな椅子に

 

実生活を詠うのが苦手だ。
臆病で秘密主義の性分なのだ。
だが今回だけは、虚構ではない。
一首歌にするたびに、現実を何度も何度もだめ押ししているようでつらくなった。

百三十歳まで生きる、が口癖の母。
まだ半分も生きていない。
これから先、母がいなくなるという恐怖を深く抱えて毎日を暮らすのだと思うと、しゃがみこみたくなる。
私はきっと空想の部屋に逃げ続けるだろう。
そこにはいつも母がいて、その頬は桃色なのだ。

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